散歩道

3割と7割

沖縄の貧困率は約3割である。心理学者なら調査結果にr = .30(相関係数)あれば,無視することはないと思うし,弱いかもしれないけれど相関があるとして解釈する方が多いと思う。

でも,私も含めて,貧困について取り扱ってる心理学者が3割いるのかは正直微妙なところだと思うし,貧困によって生じる結果(学力低下、モチベーション低下など)には興味があっても,貧困への関心は相対的に低いように思う。心理学者は心の問題には関心があっても,社会問題への関心は薄いなあと思う。(一応付け加えておくと,全員がそうだとは思っていないです)

ところで,先日,沖縄にいる親友マコトと話す機会があった。マコトのお兄さんが脳梗塞で倒れたそうだ。もともと体調はよくなかった(糖尿病の持病)けれど,倒れる2日前くらいからは歩けないほどになっていたらしい。それでも病院には行かず,2日後に意識を失って初めて救急車で運ばれた。

お兄さんからマコトに電話がかかってきて,電話越しの兄の反応からマコトは何かまずいと思い,兄の家へ救急車を要請したそうだ。それがなければ命が危なかったと医者は告げたらしい。お兄さんは一命をとりとめたけど,喋れもしないし,紙コップを重ねたり降ろしたり謎な遊びをしているようだ。マコトは,病気したら性格変わるの?と私に尋ねてきた。ちなみに,マコトの兄は結婚して家族がいる。同居もしている。

マコトの兄は沖縄の3割に属する人である。どのように生活しているのかは聞いたことがないので私はわからないけれど,働いている様子はない(働けないのかもしれない)から,収入が安定してあるとは思えない。仕事を辞めた理由はわからないけれど,数年前は土方をされていたので,働く意思がないのではないと思う。

マコトが言うには,兄は数年前から健康保険も払っていなかった。だから持病があるのに病院にも行かず,体調がすぐれなくても何とか我慢してきたらしい。歯も虫歯だらけだ。それだけ身体が悲鳴をあげていても何とかやり過ごす。身体って何なんだろう。保険料未払い(保険証がない)ってどういうことなのだろう。

緊急事態なのでいまは入院しているそうだが,どうも保険証を取るために3桁万円かかるらしい。マコトが言うには,その費用をいくらか減らす方法もあるらしいけど,減ったとしても数十万円かかる。かりに保険証を取れたとしても,そこからさらに医療費がかかる。もちろん医療保険なんて入っているはずもなく,全額自腹だそうだ。保険証が取れなかったらいくらかかるのだろう。

お兄さんがお金がないと言っているのを私は聞いたことはない。帰省したときたまにマコトのお兄さんと会うことがあるのだけど,会ったときはお土産をくれる。ミルキーのときもあれば,ピーナッツチョコのときもある。キスチョコのときもあったかもしれない。全部,私が好きなもの。お兄さんが私の好きなものを知っている,なんて感動的な話ではない。たまたまに過ぎない。むしろ,貰って嬉しかったものだけを覚えているという私の記憶の歪みかもしれない。

私の母はお金がないとよく言っている。就職した今では私に20万貸してとかポップに言ってくる。妹もたまに言ってくる。遺伝かな,環境かな,心理学的にはその相互作用が正解かな。私は大学まで出て,大学院まで行かせてもらって,とくに何不自由なく生きてきた。BMIも上側の標準だ。すくなくとも沖縄の7割の方で育ったと思う。お金って何なんだろう。

マコトはおじさんである。それも数年前から。まだ若いマコトの妹が若いうちから家族をもつこと,子どもを生んで育てることにマコトはとても不安になっていたことを覚えている。でも今ではとても幸せそうに思える。マコトも不安を口にすることはなくなった。むしろ,妹の旦那さんが良いやつだと義弟のろけをしてくる。マコトの妹も決して裕福とは言えないと思うけれど,旦那さんの父母の援助もあり何とか7割の方で暮らしている。マコトの姪っ子はマコトのお父さん(おじいちゃん)が大好きで,よく遊びに来るらしい。マコト曰く,すぐにお菓子あげたり,おもちゃを買ってあげたりするからやんにと言っていた。ちなみに,マコトのお父さんは無職だ。それも,マコトと私が小学校のときから。

マコトの兄には家族がいた。同居もしていた。でも具合が悪いまま2日間過ごした結果,脳梗塞で倒れた。マコトが言うには,もっと早く病院に来ていれば,もうちょっと良い状態だったはずと医者が言っていたそうだ。倒れてからのマコトのとっさの対応が良かったようで,不幸中の幸いだ。お兄さんが倒れていたとき,家族は出かけていた。歩けもしないお兄さんを置いて。お兄さんが病院に運ばれ「性格」が変わってしまったのを見て,奥さんは涙を流したそうだ。マコトは何を今さらと思ったそうだけど,普段から体調不良が続いていれば,それが普通になってしまい,いつもより調子悪い日が続くなと思ってしまったのかもしれない。家族なのに気づけなかった。家族だから気づけなかった。家族って何なんだろう。

マコトのお兄さんが今後回復するのか,それとも後遺症が残るのか,「性格」は変わったままなのか,どうなるのかはわからない。そんな状況の中,マコトから話を聞いた私は,こんなことを考え,こんなことを書いている。不謹慎なのかもしれない。日本は新型コロナで外出を控えるように言われている。この時期がもっと早ければ,お兄さんの家族は外出を控えたのだろうか。そしたらもっと早くお兄さんの異変に気づき,処置は早くなったのだろうか。それとも,いつもより苦しそうだな,寝といたらとなって,むしろ対応が遅れることになってしまったのだろうか。私には何もわからない。

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仲嶺真
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