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経済構造の変貌と仕事の意味喪失 "ブルシット・ジョブ -- クソどうでもいい仕事の理論 2/4"

後期資本主義における経済構造の変容

 ブルシット・ジョブの増加は、後期資本主義における経済構造の根本的な変化と密接に関連しています。この変化は主に以下の3つの要因によって特徴づけられます。経済の金融化、情報産業の台頭、そしてサービス経済化です。

経済の金融化

 経済の金融化は、実体経済から金融部門への重心の移動を意味します。フレデリック・ジェイムソンが『政治的無意識』で指摘したように、この過程は資本主義の「第三段階」を特徴づける重要な要素です。金融化の進展により、価値創造の中心が生産活動から金融取引へと移行し、実体経済との乖離が進みました。

フランスの経済学者トマ・ピケティは『21世紀の資本』(2013)で、以下のように述べています。

「金融部門の肥大化は、実質的な価値創造よりも、既存の富の再分配や投機的取引に基づく利益獲得を重視する経済構造を生み出した。これは、社会全体の生産性向上とは必ずしも一致しない活動の増加をもたらした。」

トマ・ピケティ

この観点から見ると、金融部門における多くの職種、例えば複雑な金融商品の開発や高頻度取引に関わる仕事の一部は、社会的価値の創造という観点からブルシット・ジョブに分類される可能性があります。

情報産業の台頭

 情報技術の急速な発展は、経済構造に劇的な変化をもたらしました。マニュエル・カステルが分析したように、情報ネットワークの発達は新たな経済システムの基盤となりました。しかし、この変化は同時に、情報の生産、処理、伝達に関わる多くの新しい職種を生み出し、その中にはその社会的意義が不明確なものも含まれています。

例えば、デジタルマーケティングやソーシャルメディア管理などの職種は、実質的な価値創造よりも情報の操作や印象管理に重点を置いている場合があり、グレーバーの定義に基づけばブルシット・ジョブに該当する可能性があります。

サービス経済化

 先進国経済のサービス化も、ブルシット・ジョブの増加に寄与しています。ダニエル・ベルが『脱工業社会の到来』(1973)で予見したように、経済の中心が物質的生産からサービス提供へと移行しました。しかし、サービス業の特性として、以下の点が挙げられます。

  1. 価値の測定の困難さ:製造業と比べ、サービス業では生産性や価値の測定が困難です。

  2. 対人サービスの増加:接客や営業など、直接的な対人サービスの需要が増加しています。

経済学者のウィリアム・ボーモルは「ボーモルのコスト病」理論で、サービス産業における生産性向上の困難さを指摘しました。この理論は、サービス経済化がブルシット・ジョブの温床となる可能性を示唆しています。

組織構造の変容とブルシット・ジョブ

 経済構造の変化に伴い、企業組織の形態も大きく変容しました。この変化は、ブルシット・ジョブの増加に直接的な影響を与えています。

組織の複雑化と中間管理職の増加

 組織の大規模化と複雑化に伴い、中間管理職の数が増加しました。組織社会学者のチャールズ・ペローは、組織の複雑性が増すにつれて、調整と管理の必要性が高まることを指摘しています。しかし、この過程で生まれた多くの管理職ポジションは、直接的な価値創造に関与せず、グレーバーの「タスクマスター」カテゴリーに該当する可能性があります。

フランスの社会学者リュック・ボルタンスキとエヴ・シャペロは『資本主義の新たな精神』で、以下のように述べています。

「ポスト・フォーディズム時代の組織では、フラット化と柔軟性が重視されるようになった。しかし、皮肉なことに、この変化は新たな形の管理職や調整役を生み出し、組織の複雑性をさらに増大させた。」

リュック・ボルタンスキー

この観点から、多くの中間管理職の仕事は、組織の効率性向上よりも、組織の複雑性を維持・管理することに主眼が置かれている可能性があります。

アウトソーシングと非正規雇用の増加

 グローバル化と競争激化に伴い、多くの企業がコスト削減のためにアウトソーシングや非正規雇用を増やしました。社会学者のリチャード・セネットは『それでも新資本主義についていくか』(1998)で、この傾向が労働者のアイデンティティと技能形成に与える否定的影響を分析しています。

アウトソーシングの増加は、組織内のコミュニケーションや調整の複雑さを増大させ、結果として「尻ぬぐい」や「書類穴埋め人」といったブルシット・ジョブを生み出す要因となっています。また、非正規雇用の増加は、労働者の職務内容や責任の不明確さを招き、ブルシット・ジョブが生まれやすい環境を作り出しています。

測定と評価の文化

 現代の組織では、業績評価や品質管理の名目で、あらゆる活動を数値化・文書化する傾向が強まっています。フランスの社会学者アラン・スピッツはこの「評価の文化」が組織にもたらす弊害を分析しています。

過度の測定と評価への固執は、グレーバーの「書類穴埋め人」カテゴリーに該当するブルシット・ジョブを大量に生み出す要因となっています。実質的な価値創造よりも、評価基準を満たすための形式的な活動に多くの時間と労力が費やされる状況が生まれているのです。

技術革新とブルシット・ジョブの逆説的関係

 技術革新、特に人工知能(AI)やロボティクスの発展は、労働の未来に大きな影響を与えると予測されています。しかし、皮肉なことに、これらの技術革新がブルシット・ジョブの増加につながる可能性も指摘されています。

自動化と新たな仕事の創出

 デビッド・オーターらの研究論文である『労働市場の未来:ロボット、AI、自動化への対応』(2017)は、技術革新による職業の消滅と新たな職業の創出を分析しています。彼らの予測によれば、多くの定型的業務が自動化される一方で、人間の判断や創造性を必要とする新たな職種が生まれるとされています。

しかし、この「新たな職種」の中には、技術の複雑さを管理したり、人間と機械のインターフェースを調整したりするような、その社会的価値が不明確な仕事も含まれる可能性があります。これらの職種の一部は、グレーバーの定義に基づけばブルシット・ジョブに分類される可能性があるのです。

技術による仕事の細分化と意味の喪失

 技術の進歩は、多くの仕事をより細分化・専門化する傾向があります。社会学者のジョージ・リッツァーは『マクドナルド化する社会』(1993)で、この過程が労働の意味と全体像の喪失をもたらすことを指摘しています。

高度に専門化された仕事は、全体のプロセスにおける自分の役割を理解しにくくなり、結果として仕事の意義を感じられなくなる可能性があります。この状況は、ブルシット・ジョブの主観的認識を増加させる要因となり得ます。

デジタル経済と「見せかけの仕事」の増加

 デジタル経済の発展は、「クリック農場」や「インフルエンサー・マーケティング」など、その社会的価値が疑わしい新たな形態の仕事を生み出しています。これらの仕事の多くは、実質的な価値創造よりも、デジタルメトリクスの操作や印象管理に重点を置いています。

イタリアの社会学者アントニオ・カシリはこのようなデジタル労働の特性とその社会的影響を分析しています。カシリの分析は、デジタル経済がブルシット・ジョブの新たな形態を生み出している可能性を示唆しています。

ブルシット・ジョブの増加は、現代の経済構造や組織形態、そして技術革新と密接に関連していることが分かります。これらの要因は相互に影響し合い、複雑な社会現象としてのブルシット・ジョブを生み出しているのです。明日も本書を紐解きながら、このような状況を支える文化的・政治的背景について、さらに詳細に考察していきます。

社会的・経済的余白

 ブルシット・ジョブを生み出す社会的・経済的要因の分析は、現代社会における「余白」の重要性を浮き彫りにします。yohaku Co., Ltd.は、この「余白」こそが創造性と真の価値を生み出す源泉だと考えています。

経済の金融化や情報産業の台頭によって失われつつある「余白」を取り戻すことで、個人も組織も本質的な価値創造にフォーカスできるようになるのです。yohakuのコーチングサービスは、このような「余白」を意識的に創出し、活用するための方法論を提供しています。


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