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あきらめない -「努力」の哲学、松下幸之助を中心に(2/4)
松下幸之助は、「あきらめない」ことを何よりも大切にしていた。彼は、どんな困難に直面しても、決して諦めてはならないと説いた。
松下は、若い頃に師事した親方から聞いた話として、以下のような話をしている。
「ぼくが奉公している時分に一人前になるためには、小便が赤くなるくらいにならないとあかんのや、そういうことを二、三べん経てこないことには、一人前の商売人になれんぞということを、親方から聞いた。どういうことかというと、商売で、心配で心配でたまらん、もう明日にでも自殺しようかという所まで追い込まれたら、小便が赤くなるという。そういうようなことをしてきて初めて一人前の商売人になる。だから尋ねるんやが、あなた、儲からん儲からん言うけど、小便赤くなったことあるか?」
また、松下はこうも語っている。
「何ごとによらず、志を立てて事を始めたら、少々うまくいかないとか、失敗したというようなことで簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、ほんとうにものごとをなしとげていくことはできない。
世の中はつねに変化し、流動しているものである。ひとたびは失敗し、志を得なくても、それにめげず、辛抱強く地道な努力を重ねていくうちに、周囲の情勢が有利に転換して、新たな道がひらけてくるということもあろう。世にいう失敗の多くは、成功するまでに諦めてしまうところに原因があるように思われる。最後の最後まで諦めてはいけないのである」
失敗や挫折は、成功への過程で誰もが経験するもの。大切なのは、それに屈することなく、粘り強く努力を続けることだと松下は説く。諦めてしまえば、そこで全てが終わってしまう。だからこそ、最後まで諦めてはならないのだ。
さらに松下は、
「人間は行きづまるということは絶対ない。行きづまるというのは、自分が行きづまったと思うだけのことである」
とも述べている。困難な状況に陥っても、それは自分の心の中で行き詰まっていると感じているだけ。実際には、必ず打開策があるはずだと松下は考えていた。
「考えて考え抜いたら、だいたい考えたとおりになる。そのとおりにならないのは考えが足りないからである」
松下は、徹底的に考え抜くことの重要性も説いている。困難な状況を打開するためには、あらゆる可能性を検討し、最善の策を見出さねばならない。それができないのは、考える努力が足りないからだと松下は言うのだ。
松下幸之助の「あきらめない」哲学は、どんな逆境に直面しても、決して諦めることなく、粘り強く努力を続けることの大切さを説いている。失敗や挫折は成功への踏み台に過ぎない。最後まで諦めずに考え抜き、行動し続ける。その先に、必ず道は開けるはずだ。この哲学は、私たち一人一人が困難に立ち向かう際の、強い指針となるだろう。
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松下幸之助があきらめないこと、考え抜くことの重要性を説く一方、違うことを説く経営者もいる。
「10秒考えてわからないものは、それ以上考えても無駄だ」孫正義(ソフトバンクグループ創業者)
「やってみないと分からない。行動してみる前に考えても無駄です。行動して、考えて修正すればいい。それが人生だし、それが商売だ」柳井正(ファーストリテイリング創業者)
一見すると、松下の哲学とは対照的な考え方のようだ。しかし、彼らの思想は実は対立していない。考えればわかるものと、考えてもわからないものを峻別することが必要だということを示唆しているのだ。
実際、孫正義は「考えても無駄だ」と言っている一方で、次のようなことも述べている。
「頭がちぎれるくらい考えろ」
「狂ったほどの努力がないと翼なんか生えてこない」
つまり、今の世の中には考えてもわからないことがあることを認めていながらも孫正義も、松下幸之助と同様に、徹底的に考え抜くことと、あきらめずに努力し続けることの重要性を説いているのだ。
柳井正の言葉も、行動することの大切さを強調しているように見える。しかし、「行動して、考えて修正すればいい」という言葉からは、行動した後に考え、必要に応じて軌道修正することの重要性も読み取れる。つまり、柳井も考えることを軽視しているわけではないのだ。
松下幸之助、孫正義、柳井正。一見すると異なる哲学を持つように見える彼らだが、その本質においては共通点が多い。状況に応じて考え、行動し、そして諦めずに努力を続ける。その先に、道は開けるはずだ。
「本気で取り組んでも解決できない問題など、この世にはひとつも存在しない。僕は経験上それを知っている」三木谷浩史(楽天グループ創業者)