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ONLINEひとりじかん そして銀座・月光荘画材店 2020.6

それは、ひとり、のために生まれる集まりだった。

Moiの岩間さんとハラダさんがされている活動「喫茶ひとりじかん」は、新型コロナウイルスの影響で今年の2月以降、開催が中止となっている。「不安や恐怖で落ち着かない気分にさせられる今のようなときほど本領を発揮するもの」と考えていらっしゃるにもかかわらず、開催を許さない状況が続いている。自称、応援隊員の私としてもくやしい。

そんな中、5月下旬から「ONLINEひとりじかん」という活動をスタートされたのだった。
1名の参加者と主催者の岩間さん・ハラダさんの3人で、ランチタイムの1時間をオンラインでつながりつつ、各自用意したお昼ごはんを食べながら過ごすというもの。
参加者は二人と話しても、話さなくてもよいのだという。食事すらも、参加者の希望によっては食べなくてもよいのだ。時間を共有すること以外は自由なのである。
そう、これは、ひとり、のために生まれる集まりなのだ!

早速、申し込んでみる。
パソコン画面越しのランチタイムとは何なのそれは?と興味を持ち、ぜひお昼ごはんを共有してみたいものだと思ったにも関わらず、オンラインでの飲み会や食事会をしたことがなく最初はかなり緊張していた。しかし、やってみると、あっさりと不安は消え、くつろいで食事をしているのだった。これは、私がオンラインでつながりながら食事をすることに、すぐに慣れたというよりも、岩間さんとハラダさんだったからという理由が大きいのだろうと思う。
思い返せば、私はカフェ「moi」でいつも食べたり飲んだりをしていたのだ。二人の記憶の中の私は、大部分がもぐもぐごくごくと食事をしている姿なのではないだろうか。そう考えると、お店の人であった岩間さんとハラダさんが「moi」で食事をされているのを見た記憶はなく、「ONLINEひとりじかん」中は全く感じることはなかったのだけれども、もしかしたら二人の方が緊張されていたのではないかとさえ思うのだった。

自分が食べたいものを用意していることもあり、食べるとうれしい気持ちになる。画面をみると岩間さんとハラダさんも、もぐもぐと口を動かしている。
今どれくらい食べ終わっているのかなどの、ディティールはまったく分からない。一冊の長編小説が、五七五の一句として表現されているような心持ちがし、どうしても実際に会って食事をすることと比較してしまう。けれども優れた俳句が、構成する言葉以上の多くのことを内部に秘め、読み手の心の中で広がり壮大な世界を伝えることができるように、聴こえる声の微かな調子や、鮮明とは言い難い画面越しではあるものの見てとれる表情のちょっとした変化により「今、美味しいと思っているみたい」などと時折ほのかに気持ちが伝わってくるようなことがあった。そんなとき、オンラインでのつながりを少し超えているような気がした。
これは何故だろう?食事をすることによって生まれた、話さない時間。言葉としてやりとりされない部分があることで、その部分をなんとかして感じとろうとするために、オンラインを通じて伝わってくる細やかなところまで気配りされ、ほのかな気持ちを感じとることができるのかもしれない。
そんな時に、現実に人と会うことと、重なりあうような気がするのかもしれない。

食事をしながら、いろいろな話をする。
6月、フィンランド・センターが開催した「フィンランドの美術」という全4回の無料のオンライン講座を三人とも受講しており、その感想を話す。
ハラダさんが講座ごとの内容をまとめたレポートを作成されており、みせてもらう。講座の内容をすみずみまで網羅し、さらに自分自身でも調べられたことも加えられたそのレポートがあまりに素晴らしく「なにこれ。すごい!!」としか言葉がとっさに出てこない。もし私がフィンランド・センターに勤務しており、このレポートを見たら、こんなにも熱心に受講し自身の学びを深めてくれた人がいるのかと驚き、うれし泣きをするであろう、たぶん。
一方、岩間さんは、元々フィンランドの美術にも深い造詣があり、それをべースにしつつ今回の講座で取り上げられた事柄を独自のユニークな視点で再構築してノートにまとめられていた。日本美術にも詳しく、フィンランドと日本の美術をからめたお話はとてもおもしろかった。
岩間さんとハラダさんはそれぞれに違う。そして、それぞれ大変にすごいと思うのだ。Moiはおもしろいなあと思うのだ。
「ONLINEひとりじかん」は岩間さんとハラダさんとゆっくりお話をすることもできる、今だけのスペシャルでもある。

今。
今だけのスペシャル。
少し「ONLINEひとりじかん」の話とは離れて、銀座の話をしたい。


6月の第一週、東京の緊急事態宣言が解除された。日比谷図書館の窓口が開き、他館から取り寄せて借りていた本をようやく返却することができた。地下鉄に乗って日比谷に出てきたついでに銀座まで足を伸ばす。銀座を訪れるのは2月の初旬以来だ。銀座には大好きな場所がたくさんある。特に私が大切に思っているのは月光荘画材店だ。東京で暮らすようになった大学生の頃から、ぽつぽつと通っている。まず店名が好きになった。行ってみたらお店の雰囲気が好きになった。今でも「月光荘」と口にするだけで嬉しい。「友を呼ぶホルン」が表紙に描かれたスケッチブックは、手元に必ず一冊はストックしている。自粛期間中、銀座に足を運ぶ機会が訪れたならば、月光荘画材店へ行こうと決めていた。
日比谷図書館から月光荘画材店までの道のり、大通りを歩くのを避け、以前教えてもらった細い抜け道を歩く。その抜け道から更に左右にのびる細い細い道を歩く。いわば各店舗の勝手口側の道だ。
怖いのだ。銀座の街をみるのが怖いのだ。感染拡大後、これまで想像もしたことがなかった光景を目にするたびに、心の中がぎゅっと音をたてた。
今まで通ったこともなかったその細い道を歩いている人は私しかいない。しばらく歩くと、食べ物の匂いがしてくる。金属がふれあう音もする。蛇口から水が流れる音もした。
「あ」と思う。この細い道は、昼食時の開店前の準備をする人々の気配で満ちていた。動いている、と思った。銀座は動いているのだと思った。こうしてようやく、月光荘画材店へと向かうことができたのだった。

月光荘画材店は、入口の戸を全開にしていたものの、以前と変わらぬ姿だった。右手の棚には絵の具が、左手にはスケッチブックと鞄がずらりと並ぶ。一歩足を踏み入れたら、安心した。
なくなりかけていたスケッチブックを2冊。あと息子のお弁当を入れるための鞄を一つ購入する。
お会計をするとき、軽くお店の人と話す。
自粛期間中、ずっと月光荘画材店に来たかったこと。その間、インターネット経由でのイベントを催してくれて楽しく見ていたこと。
昼はカフェ、夜はバーとなる月光荘画材店の姉妹店「月のはなれ」の話もする。14時からのオープンで、子どもの帰宅時間を考えると行くことが難しかったが、いつか訪れてみたいと思っていること。
すると、お店の方が「今、月のはなれでは朝食と昼食時にお弁当を販売しています。銀座界隈にはテイクアウトしたものを食べる場所がないというご意見もあったので、店内で購入したものを食べることもできますよ」と教えてくれる。

「それくらい早い時間だと私も行きやすいです」と言うと、
月光荘画材店の方は「今だけです」とにっこりされたのだった。
今だけ。今だけのスペシャルだ。
その言葉をくり返し、くり返しながら、銀座の街を歩く。

これまでテイクアウトをしていなかった飲食店がお弁当販売をしていたりする。その前にマスクをつけた人々が間隔を空けて並ぶ。もちろん休業案内の貼り紙をだしシャッターが閉じたままの店舗もある。店の入口にて客の手に消毒液をかけるお店の人の姿もみえる。

今だけのスペシャル。

心の中で何度も何度もつぶやく。前回訪れた4ヶ月前とは違う銀座の街だった。違ってはいるけれども、単純に嘆くことはしたくはないと思った。この状況を懸命に生きている人たちがいるからだ。怖くてなかなか銀座の大きな通りに出ることができなかった私はおろかだった。
できる形でオープンしているお店も、休業しているお店もどれほど思い悩んだ上での選択なのだろう。月光荘画材店も大変な中にも関わらず、今を少しでも前向きに受けとめることができるように、笑顔と言葉を私に贈ってくれたのだ。

人々の営みは今の積み重ねであることを改めて思う。どんなに先が見えない中でさえも人は、その時々に、懸命に、できることをして、今を生きていこうとしている。
この文章を書いている2020年7月6日時点、「月のはなれ」では通常営業を再開され、朝食と昼食のお弁当販売はされていない。他にも私が訪れた6月初めとは銀座の街は変化しているはずだ。


岩間さんとハラダさんは、「喫茶ひとりじかん」の開催予定日であった3月28日に、近隣の公園にて「出張ひとりじかん」を行う計画だった。屋外、滞在時間の制限、適度な間隔を取るといった対策の上で。しかし、開催予定日の直前に東京都より28日を含めた週末の不要不急の外出自粛要請が出たために、中止とされたのだった。
開催しょうとされていたことも、中止とされたことも、その時その時の状況下においての最良だったと思う。

変化しつづける状況の中では、その都度、考えて、答えを出さないといけない。場合によっては思い描いたものはすぐには形にならないかもしれないし、違うすがたになることだってあるだろう。
けれども、人がそうして選んでいった答えのひとつひとつには、未来を照らしゆく光が内包されているのではないだろうか。
だからこそ思う。「喫茶ひとりじかん」、これからが、とても楽しみなのだ。

まずは、今だけのスペシャルであろう「ONLINEひとりじかん」で岩間さんとハラダさんと共に時間をすごしてみるのはいかがであろうか。かつてカフェ「moi」へ、または「喫茶ひとりじかん」に行ったことがない方でも大丈夫。最初は緊張していたとしても、きっと。
なぜなら岩間さんとハラダさんが、あなたを、あたたかく迎えてくれるだろうから。

そうそう。
ハラダさんは「フィンランドの美術」講座で学ばれたことを元に「マイッカ灯台美術館」という連載を始められた。

また、岩間さんが同講座を独自の視点でまとめられたノートについては下記の記事でふれられている。どちらも、ぜひ。





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