地域公共交通の持続的なファンディング~南陽市「おきタク」の住民・行政のどちらにも「寄りかからない」仕組み
地域公共交通のファンディングの多様化と持続性
地域公共交通を「持続可能な形で」運行するというと、多くの場合、「コストをどう賄うか」というファンディングの持続性が一番の課題になります。
公共交通のファンディングとして伝統的には、利用者からの運賃、そして行政からの補助、というのが二大資金源でした。
が、地域コミュニティの維持や活性化の必要性、そして、地域公共交通が果たす地域への多様な波及効果も踏まえて、地域住民や地元施設・企業などが負担する多様な資金源について最近議論が進んでいます。
さて、その中で、個人的に非常に面白く、また、他地域でも参考になると思っている事例が山形県南陽市にあります。
南陽市の中で、エアポケットのように公共交通がなかった沖郷地区に導入されている「おきタク」。
地域の住民が主体的に検討し、住民負担も合わせて導入・運行しているということで、国交省の大臣表彰も受賞しましたし、このnoteの過去記事でも必要性について取り上げた既存のタクシー事業者をうまく活用する取り組みの実践例でもあります。
(南陽市さんのプレゼン資料はとても良い出来なので、仕組み自体は、資料を読んでもらった方が、このnoteの雑文読むより簡便かもと思います…)
https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/content/000247547.pdf
ただ、この「おきタク」、これまでは、地域できちんと話し合いました、とか、地域住民全員から負担金を出してもらってます、とか、タクシーをうまく活用した仕組みです、というところが表彰とか講演でも取り上げられていましたが、地味にすごいギミックがもうひとつ隠れています。
それが、住民と行政がお互いに主体性を維持するインセンティブが経済的に仕組まれ、かつ、それが将来的な保険にもなっているファンディングスキームです。
「おきタク」支援スキームの基本形
おきタクの仕組みは、地域住民の一定のタクシー利用については、支援を出してワンコインでできるようにする、というものです。
車両や運転手は地元のタクシー会社のサービスをそのまま使います。タクシー側は普通にメーターを起動しますが、「おきタク」利用者からは500円だけ受け取り、メーター料金との500円との差額を地元の市と地域住民が一緒に立ち上げた協議会に請求する仕組みです。
協議会が差額支払いに使う原資はふたつ、行政の予算(補助金)と地域住民の負担金です。地域住民の負担金は使う人もあまり使わない人もとにかく全世帯一律年200円です。
だいたい年200万の運行コストのうち、ワンコインの運賃で50万、住民の負担金で50万、行政の補助で100万、という割合でまかなえています。利用者も地域住民なので、運賃負担=地域住民負担なので、ちょうど行政と住民で100万ずつ折半しているわけです。その点もバランスがいいですね。
さらっと書きましたが、そもそも使う人も使わない人も全世帯から一律徴収、というのも結構すごいことです。
地域の移動手段があれば、その地域が便利になり、住む人も増え、活動も活発化するから、使わない人も含めて地域全体でハッピーになる、というのが理屈ですが、なかなかできることではありません。
発起人のひとりが、「今ここにいる全員が使わない(マイカー社会だから)仕組みだが、いずれ必要になる(高齢化→免許返納)仕組みだ。なのでみんなで負担してやっていこう」と言ってこのスキームが始まったそうです。最初の最初に、「ここにいる皆使わないものだけど」と言い切られてしまったので、誰も「自分は使わないから」と反対できなくなったそうで、その漢気というか先見の明には脱帽です…。
「おきタク」の利用の増減による負担の変化スキーム
さて、「おきタク」の運行コストは利用の多寡で変化します。利用が増えると運賃が増えますが、燃料などの運行コストもそれなりに増えます。
また、利用があまりに少なくなると、運行コストもある程度減りますが、固定費も当然あるので、減り方が激しいとこれもまた収支が悪化します。要は協議会が負担すべき差額コストは当然ながら年ごとの利用状況によって変化するわけです。
一方で、ひとまず全住民から200円徴収していますし、行政も行政で、前年に予算要求して支援額分の予算をとっています。
なので、住民負担と行政支援の合計は、実際の運行コストを少し上回る金額が出ており、つまりは、地域の運行協議会の収支は若干の黒字になっています。
この若干の黒字は、基金として積み立てられます。
そして、実際に、収支が赤字になった際には、一時的にはこの基金から支出して対応する、という形になります。
そして、ここからが大事なのは、赤字が大きくなった時、または黒字が大きくなった時、地域住民の負担を上げ下げしたり、行政の支援予算を増減させたり、というのをどうするか、というルールの部分です。
ここで、大事になるのが、「おきタク」の行政・住民の負担バランスです。
南陽市のプレゼン資料を見ると、令和3年9月現在の数字では行政48.2%、住民51.8%の割合で、ほぼ折半になっています。
これは前述のとおり運行コスト自体が変動するので「ほぼ」になっていますが、意図的に「折半」になるように調整された数値なのです。
つまり、必要に応じて、負担・支援を増やす場合、あるいは減らす場合、双方のバランスを変えないように合意されているということです。
これは実はすごいことです。
というのは、どちらかが固定されていると、どちらかに寄りかかってしまうからです。
例えば、住民負担が先に決まっていて、それに足りない分を行政が埋めます、という場合、住民負担が原則になり、コストが減れば行政の負担は減らせる、ということになります。これは行政の担当者の熱意が失われた場合や、議会や財政当局から予算縮減の圧力がかかった場合、容易に利用者のニーズや地域の実態を無視した「効率化」というサービス切り捨てに繋がります
一方、逆に、行政の予算額が固定化されていて、その不足分を住民負担で、となっている場合、住民側にはそのうち、これは行政サービスなんだから、行政がもっとお金を出してくれ、自分たちの負担はもっと少なくていいんじゃないか、という他人事の議論が出てきます。利用者が必ずしも地域のマジョリティではない分、この地域の主体性喪失のリスクは気を付けていないとすぐに顕在化します。
「おきタク」は、この両者の負担について、「どっちが先ということではなく同時に」という合意が行政と地域住民の間でできているのです。
これによってファンディングの仕組みを通して、行政にも地域住民にも双方が主体性を維持することが仕組まれていることになります。
国交省のHPなどでも、「地域主体の取り組み」という紹介のされ方をするこの事例ですが、実は、地域と行政のより「協働」「共創」に近いものになっているわけです。この点はなかなか発信されてませんが、むしろこの事例の一番先進的なところではないかな、と思います。
議会と住民双方への説明責任
ファンディングスキームを通して、行政と地域住民双方に主体性が保たれていることは、基金に安定的にファンディングされ、取り組みが経済的に持続する、というだけに留まらない効果を生んでいます。
それは、お互いに負担を続ける以上、お互いの関係者にきちんと説明責任を果たす、というインセンティブがかかっていることです。
行政側はもちろん支援を例年の予算として計上する以上、議会に報告し、議決をもらう必要があります。
それだけでなく、地域住民の側にも、決して全員が利用するわけではないサービスに一律に負担を求めるという関係上、地域住民全体に利用状況や、さらにはこのサービスがもたらす地域への様々な影響を発信して、負担に納得してもらわなければなりません。
直接の利用者以外に説明して回る、というのは一見大変ですが、実際に担当者に話を聞いたところ、むしろ、日ごろ公共交通を利用しない人にも、地域公共交通政策に関心を持ってもらうきっかけとして機能している、とお聞きしました。
地域住民全世帯に一律負担してもらう、というのは、単に負担の単価を下げるだけでなく、協議会や行政には地域全体に取り組みの状況を継続的に説明していくインセンティブとなり、また、地域住民の側としても地域交通の取り組みを我が事として認識する、という相乗効果を生んでいるのです。
地域外への情報発信という観点での苦言(笑)
最後にひとつだけ苦言を。
南陽市の「おきタク」はとても良い仕組みで全国からも視察が入っています。国交省の大臣表彰も受け、南陽市のプレゼン資料は国交省の運輸局のHPにも載っています。
でも、上記でお話ししたようなファンディングのスキーム、全然プレゼンに出てこないんですよ。
実は、山形県庁勤務時代に、県の補助制度の中に乗用タクシー補助制度を創設し、国に対しても同様のタクシー補助を要望することにしたのは、この「おきタク」を知ったことがひとつの大きな契機でした。その甲斐もあってか、国の補助制度も新たに創設され、「おきタク」も大臣表彰を受賞して注目されたことから、別地域の運輸局が視察に行きたいという話になり、それに合わせて、改めて自分も直接南陽市さんにヒアリングしに行こうと伺ったのです。で、その際、「国の機関の人も来られたので、日頃は細かすぎるし、財政の話だからなぁ、としなかった財源スキームのお話もしますが…」と言われて、「おきタク」を広めはじめて2年以上経ってから初めて聞いた話が上記のスキームだったのです。
どうも、視察に来る人は他の自治体の人とかが多くて、実際の移動ニーズにどう対応するか、という目線が多く、こういう財政面の話はあまりキャッチーじゃないか…ということであまりプレゼンしてこなかったようなのですが、正直、地域の自治体と住民の双方が同時に主体性を発揮する、しかもそれを財源的な仕組みで担保する、というこの仕組みこそ、「おきタク」の本当にすごいところだと思いますし、特に自治体担当者としては、財政当局に新規スキームを説明する際に一番知りたかったところではないかと思います(^^;)
山形を離れる際に、この点はもっとどんどん発信すべきだし、自分も微力を尽くします、とお話ししていたのですが、ちょっと異動先の繁忙に紛れてなかなかnoteにまとめられませんでしたが、ようやく一応の約束を果たせました。
是非、南陽市さんにも、また、これをせっかく大臣表彰でこれを取り上げた国交省にももっとどんどんこの点を発信して、横展開換してもらえたらな、という苦言(?)で今回のnoteの締めとさせて頂きます(笑)