【短期連載】100万円 最終話
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2月。人事異動の内示が社内ポーダルで通知された。3月から、植田が広報課課長へ昇進する。
「なぁ今井ちゃん、あのウワサって本当?」
沢谷がニヤニヤしながら今井に話しかける。今井も今井で、かったるそうな態度を隠さない。
「沢谷先生、あのウワサって何ですか?」
「タケさんのことだよ。仕事ほっぽり出して飲みまわってるから、降格になったってウワサ。そのショックでタケさん出勤しなくなったのかなぁ…なーんて。」
「俺は何も知りません。広報課の打合せがあるので、失礼します。」
今井は、打合せブースへと向かった。
打合せブースでは、既に植田がオンライン会議の準備を済ませていた。
パソコンの画面に映っているのは、武村だ。少し顔がやつれている。
「遅れてすみません。」
今井は、植田と画面上の武村に謝った。
「いいよいいよ、どうせ沢谷先生あたりに捕まっていたんでしょ?」
植田はクスクス笑っている。
「今井君ごめんね。僕が在宅勤務に切り替えたから、先生の相手をする回数が増えたよねぇ。」
画面上の武村も笑顔を見せた。
武村は肝硬変が悪化し、1月から完全在宅勤務へ移行したのだ。今回の植田の昇進も、この影響だ。
「2人には迷惑かけるけど、引継ぎはちゃんとやらせてもらうから。さて今年度の出願者数ノルマも達成できたし、今日は来年度の広報計画も詰めていこうか。」
ー出願数『ノルマ』、か…一人100万円の売上だしな。
今井は、心にしこりが残ったままでいた。
植田の独り言
タケさんの手のむくみが気になっていた。
肝硬変を患っていた叔父が同じような症状が出ていたから、もしかしてとは思っていた。
だから、年度初めから糖分や塩分が多い食べ物を意識して差し入れるようにした。
でも、こんなにも早くチャンスが到来するとは思っていなかった。
タケさんも交えた打合せが終わってから、今井君の表情が晴れない。
うすうす感じてはいたが、この仕事に迷いが出てきているのかもしれない。
たしか、志望理由が『学生の夢を叶えるサポートがしたい』だったような。
…辞めるかもしれないな。人員が足りなくなる。早めに、人事課に増員できないか掛け合わなければ。
とにかく、3月から課長だ。これで、ボーナス支給額が年間で100万円になる。