【短期連載】100万円 第1話
6月下旬の午後。駅前のホテル3階。
通常なら披露宴の会場で使われるだろう空間に、机と椅子でブースが作られている。その数、ざっと30。
今井は、そのうちの1ブースに座っている。空調が効いているとはいえ、多少蒸し暑い。
おもむろにネクタイを緩め、机に平積みにされたパンフレットを手に取る。表紙には、Go Ahead!のフレーズ、斜め上を見上げる若い女性の写真と共に総合ビジネス学科、ITビジネス学科、ビューティビジネス学科、ホテル・ブライダルビジネス学科と学科名が記載されている。もちろん、校名のBIHビジネス専門学校ー今井の勤務先である専門学校ーも記載されている。
学生の夢を叶えるサポートがしたい。大学3年生からインターンシップで様々な業界に触れて、今井の就活の軸が決まった。その軸を基に就職活動をした結果、BIHビジネス専門学校から内定が出た。そして無事に大学を卒業し、4月から働き始めた。配属は広報課、高校生に向けて情報発信するのが主な業務だ。
「怠けてないかね、新人。」
30代の女性が、机の上にブラックコーヒーを2個置きながら今井に話しかける。
入社一年目とはいえ、今井のことを『新人』と呼ぶのは同じ広報課の植田くらいだ。
良質な素材のスーツに手入れの行き届いた靴、天使の輪が出来ているロングヘアにネイルアート。金かけてるんだろな、と今井は思った。
「お疲れ様です、植田さん。さっきまで1人相手していたんで、今は休憩中です。」
「途中でコーヒー買ってきてちょうどよかった。はい、会議で30分遅刻したお詫び。」
植田はブラックコーヒーの1つを今井の近くに置き、自身もブースに設置された椅子に腰掛ける。
「そういえば初の会場ガイダンスで一人で対応したってこと?やるねぇ。」
会場ガイダンスとは、進学を考えている高校生と、大学・専門学校側の担当者が対面し、話を聞いたり質問したりできる大規模な進路相談会のことだ。
「乗り切れたかわかりません。でも、名簿は1名取れました。植田さんが事前に渡してくれたマニュアルがなければ、無理でした。」
今井が、マル秘と書かれたフラットファイルを手に取る。学科の特徴やよくある質問とその回答例だけでなく、話のつかみや高校生が好きそうな話題まで、幅広く網羅されたマニュアルだ。
名簿とは、A5サイズ程度の用紙に1名分の氏名・住所・電話番号・所属高校名を記載する用紙のことだ。名簿があればオープンキャンパス等の案内を送付できる。ただし、名簿の記載・提出は高校生の自由だ。対話するなかで、いかに学校に興味を持ってもらい名簿を提出させるかが担当者の腕の見せ所だ。
「上出来上出来。改めて、今日の目的は1人でも多く名簿を獲得すること。オープンキャンパスの予約も取れたら更に良し。1人入学したら100万円の売上だよ。残り1時間半、張り切っていくよ!」
植田の言うことも理解できる。ボランティアで進学相談に乗るのではない、これは営業活動なのだ。
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