白い毛とおっとっと
「フグの毒ってフグ自身が持ってるんじゃなくて、摂食から毒を蓄えるんだぜ。」
田中のいつものやつが始まった。
田中は、Twitterだかなんだかで仕入れた病院食位薄味な情報を鼻息荒く専門家気取りに毎日発表してくれる。
「じゃあさ、なんでフグは死なねーの?」
はーとか、そーとか、へーとか、言って済ませればいいものを鈴木は掘り下げ出した。
「それはさ…例えば、俺がお前に「口元から生えてくる白い毛は幸運の毛だから抜かない!とかマジこえーし引くし、キモいわー」って毒吐いたら、お前は傷つくかもしれねーけど、俺は傷付かねーじゃん。そういうこと。」
田中はちょっと意地悪なはにかんだ笑顔で、軽く鈴木をイジった。
鈴木の「なんだよーひでーなー笑」を待つ。
しかし鈴木の顔は灰よりも灰色になった。
鈴木の隣の佐藤は、限りなく透明に近づきながら青ざめた。
鈴木は口元に生えてくる白い毛についてよく誇らしげに語っていた。
「この白い毛は幸運の毛なんだ!昨日学校から駅までの帰り道でゲリラ豪雨になった時、俺傘が無かったんだけど、通りかかった隣りのクラスの知らないやつの傘に入れてもらえたし!この毛のおかげ!」
田中が
「えー!まじ、女子?かわいい?誰?」
と聞く。
鈴木は
「男子だった…でもかわいい男子だった。」
と意味不明な強がりを見せた。
田中が
「なんだよ男同士で相合傘かよ…かわいくなくても女子がいいだろ。」
というと、鈴木は
「じゃあお前、広瀬すずそっくりな男と北斗晶そっくりな…北斗晶どっちがいいんだよ。」
といきり立って聞く。
田中はすかさず
「隣のクラスに広瀬すずいねーし、笑顔の北斗晶は案外かわいいし、まじ佐々木健介に謝れ!」
と言い争いになったものだ。
それを見た佐藤は静かに思うのだ。
「北斗晶に似てる北斗晶は北斗晶だよな。そもそもゲリラ豪雨の時に傘がない時点で運悪くないか…。」
とまあ、その位鈴木にとって口元に生えてくる白い毛は彼のプライドそのものであり、彼自身と言ってもいい位の存在なのだ。
佐藤もこの毛に関しては非常に懐疑的であったが、本人が嬉しそうなので否定も肯定もせず高校2年の秋までやってきた。
田中もそこには触れず、いや、今触れたということは、気を遣って敢えて触れないというか、どうでもいいからスルーしてた可能性があるが、兎に角触れずに今のちょっと前までやってきたのだ。
そして今のちょっと前までこの件を誰も否定も肯定もせずにやってこられたのは、かなりの幸運だろう。
「この毛のこと…そんな風に思ってたのか…。」
鈴木の目は熱くなる。
「え、別に…なんも思ってなかったけど…。」
流石の田中もまずいこと言ったかなという顔になる。鈴木がこの白い毛にそこまでの思い入れがあったことを田中は初めて知った。
相変わらず佐藤は青ざめて固まっている。
「そうだよね…こんな毛大事にして、キモいよね。ははは、こんなもんなく無くなればいいんだよ。」
鈴木が口元に手を当てて白い毛を抜こうとする。が、生えてなかったので、その手で顎をスリスリして色んな思いをすり潰した。
するとすかさず、田中が言った。
「ほら!俺にこんなこと言われて傷ついて運が悪いから、ちゃんと生えてねーじゃん!当たってるな!良かったじゃん!」
田中はもう長い間この白い毛が生えてないことを薄々知っていたが、鈴木と自分を励ますようにそう言い聞かせた。
「本当だな…証明されたわ…」
ついには鈴木の目から涙が溢れ出し、田中と鈴木は肩を組んだ。
佐藤も安堵し、そんな2人を見て思うのだ。
「そもそも、鈴木の口元にあんな毛が生えなければ田中に傷つけられる不幸もなかったのではないか…。そして、やはり、鈴木のあの毛への想いは少しキモいな…。」
「なんか湿気っぽくなったからさ、カリッとおっとっとでも食べようぜ!」
田中は辛い時、悲しい時、おっとっとを食べれば全てカリカリと忘れられると思っている。
「おっとっとのフグには毒はないもんな」
鈴木がそう言うと、田中は照れ臭そうに笑った。
それを見た佐藤は2人の間に滑り込んで、3人で熱い熱い夕日の方面のコンビニへ歩を進めたのだ。
夕日に照らされる2つの影は長く長く伸び続ける。
ふと、田中が足の裏が付く寸前の地面を見て、苦しそうに眉毛をハの字にして言う。
「もう1年経つんだよな…」
鈴木は回り続ける空を見て、眩しそうに眉毛をソの字にして言う。
「うん…」
「俺はいると思ってる。だって人って死ぬと燃やされるだろ?ってことは空気になるだけだから、どこでも行けるんだよ。だから、今はここにいる。絶対笑ってる。」
「それはどうかな…。」
「いるんだよ、絶対。」
「そうじゃなくて、笑ってはいないかもしれないよ。いつものさ、何か言いたいけどどこか遠慮してどこか見下した顔しながら、歯痒く口をへの字にしてんじゃね?」
1年前、高2の秋。
あの日に田中はおっとっとを23箱食べた。
あの日から鈴木の口元には白い毛が生えなくなった。
今日のおっとっとは少し塩気が濃いと、2人は思った。
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