側溝の技芸
道路脇に必ずあるコンクリート製の溝、凹。道路や歩道に水が溜まらないようにする排水のための設備。汚れやすく、黒ずんでいる。公園の横にあるものは落ち葉や砂が堆積して使い物にならない。猫にとっては通路にもなる。
「側溝」は道路や歩道の治安維持のためになくてはならないものだけれど、道路みたいに車で走れるわけでもなく、歩道みたいに歩いたりできるわけでもない。直接使うことは無いけれど、脇役的に必要な存在。ずっとそんな認識だった。
しかし、世の中には「側溝」を軽んじることなく、むしろ真摯に向き合うことで、その潜在的な可能性を見つけ出し、自分の都合の良いように読み替えて創造的に使い倒している人々がいる。
例えば、駐輪場として、自動洗浄機能付きの灰皿として、同機能付きの空き缶置き場として、掃除用具収納として。決して褒められた使い方では無いかもしれないけれど、「側溝」が持つ機能や特性を角度を変えて捉え直すことで、そこに別の可能性を見つけ出してしまう狡知に長けた技芸には学ぶことが多い。
ある物を見た時に容易にその使い方を想像できてしまうということは、無意識に「お決まりの使い方」を前提として物と向き合っているということかもしれない。潜在的に他の用途に使える可能性を含んでいるにも関わらず、「お決まり」に邪魔されてそれに気付くことが出来ない。
狡知に長けた技芸は「お決まりの使い方」を覆し、事物を別様に読み替えて創造的に使い倒すためのヒントを与えてくれる。物が潜在的に含んでいる可能性への気付き方を教えてくれる。
001
Bicycle parking lot
側溝を利用した駐輪
駐輪場ではなく、路上に停められた自転車は歩行者や車にとって通行の妨げになる。邪魔だと判断された自転車がトラックの荷台に山積みにされ、まるで廃棄物のように回収されていく様子を見かける事がある。それを遠くの駅まで取りに行ったという話も聞いたことがある。公に撤去されてしまうぐらいなので、路上駐輪は良くないことなのだ。
良くないことだということは分かっているけれども、側溝を利用することでその悪さ(邪魔さ)を少しでも緩和しようと試みている路上駐輪者もいる。側溝の上は道路と違って車も人も通らないので、駐輪しても通行の邪魔になることはない。ポジション的に道路の一部の様にも見えるけれど、排水のための設備なので用途的には道路とは異なる独立した存在でもある、道路交通法的には側溝はグレーゾーンなのかもしれない。このグレーゾーンを利用して駐輪することで、罪悪感を緩和したり撤去される確率を下げたりすることができる。(かもしれない)
家の前の側溝を占拠してゲリラ的に植栽をしている様が代表するように、人が直接使用することのない、脇役的に作られた場所は案外治外法権性が高く創造的に利用されている。
前後の車輪とも側溝の中に落とし込むことで、<完全に>側溝の中に駐輪している事例。車輪が落とし込まれているとスタンドを立てる事ができないので、傍の壁に立てかけて駐輪している。スーパーや駅前に設置されている車輪を嵌めるタイプのサイクルスタンドはこの様子からヒントを得た可能性がある。
前輪だけを側溝の中に落とし込んでいる事例も見受けられた。傍に立てかけられる壁がないのでスタンドを立てる必要があったのだろう。側溝を跨ぐ様にスタンドを立てるので後輪が浮いてしまう、前下がりのシルエット。スーパーや駅前に設置されたサイクルスタンドでは<前上がり>のシルエットは良くみかけるけれど、<前下がり>のシルエットにはなかなかお目にかかることができない。駐輪のシルエット。
路上駐輪が列をなしている場所で見受けられた省スペース化のための努力。角度を振った前輪を側溝に落とし込み、斜めに駐輪することで奥行きを少しでも減らそうとしている。なるべく多くの自転車が駐輪できるよう、なるべく通行の邪魔にならないよう、配慮することは路上駐輪におけるマナーだ。ルール違反と他者への配慮が共存した光景。確実に気のせいだけれども、駐輪禁止マークが経年劣化により色褪せてしまっている様がそれを象徴するようだ。(禁止度合いが薄まっている、配慮ある駐輪は許容されるぐらいに)
002
Smoking area
側溝を利用した喫煙所
側溝あるところに路上喫煙者あり。路上におけるたばコミュニケーションは相変わらず側溝付近で行われている。側溝は灰を落とすのに最適な場所なのかもしれない、コンクリートで作られているから火事になる心配もないし、雨が降れば自動で灰を洗い流してくれる。
具体的な場所は忘れてしまったけれど、東大阪のとある工場の脇で側溝を利用した喫煙所を見つけた。大量の吸い殻が入ったザルが、持ち手を引っかける様に側溝に落とし込まれていた。おそらく工場で働いている人々の喫煙所になっているのだろう。
側溝にザルを嵌めるだけで即興的な喫煙所を設えることができる。側溝に落ちた灰は雨の日に自動的に洗浄されるので、定期的に溜まった吸殻を捨てるだけで良い。雨水を排水するという機能は、人々が憩うための契機にもなっている。
大阪市のとある中洲付近に路上喫煙者が大量に自然発生しがちな場所がある。そこにある花壇と傍の側溝は、路上喫煙者達にとって座して一服できる喫煙所になっている。地面より少し高い花壇に腰掛けると、側溝の角は足を引っ掛ける場所として丁度良い。多分ここで一服しようとすると皆同じ姿勢になるのだろう。別の日、別の喫煙者2人が全く同じ姿勢で一服していた。足元の側溝へと落とされた灰は雨の日が来ると洗い流されていく。
003
Empty can storage
側溝を利用した空缶置場
側溝の自動洗浄機能に目を付けた事例は他にもある。大阪の北部にある住宅地を歩いているときに見つけた、側溝を利用した空缶置場。経年劣化で色褪せたプラスチックのカゴが側溝に落とし込まれていて、中には真ん中をベコっと潰された空缶が入っていた。(なぜか全て赤色で、○カ・コーラだけかと思いきや他種も混ざっていた。ちらっと写っている自転車のフレームも赤色)その隣には何も入っていない、これまた色褪せたカゴ。同じ寸法のカゴが手に入れば、まだまだ拡張することができる。使用法とモジュールの発見は側溝におけるメタボリズムを生み出す。
飲み終わった後の空缶は洗って乾かして潰して捨てる。
側溝を利用した空缶置場であれば、空缶の中に残ってしまった水分(水なのか飲料なのか)が漏れ出てしまったとしても大丈夫だ。もし飲料の方だったとしても、雨の日が来ると洗い流されていく。
004
cleaning equipment storage
側溝を利用した掃除用具置場
ほうき、ちりとり、ブラシ、ホース、バケツ、ゴミトング。
建物の周辺を掃除するための道具が整理して片付けられている様子に興味を惹かれることがある。専用の倉庫があれば片付けるのは簡単だけれど、倉庫が無かったとしても工夫次第で整理して片付けておくことができる。例えば車庫の壁面、剥き出しになった柱や壁の下地を利用してフックや釘を用いて引っ掛けられた掃除道具。
同様に、側溝も倉庫の代替として利用することができる。路上に置きっぱなしだと、放置された、要らない物の様な感じがして印象が良くない。要らないのならば、と持ち去られてしまう事が無いとも言いきれない。側溝を利用して整理し片付ける、側溝というある種の閉域の中に収めてしまうことで、それは置いている、片付けている、という意思を示すことができる。
近所の小学校で見つけた配管ならぬ配ホースの事例。植栽に水をやったり道路を洗ったりするのに、給水箇所から側溝の中を這わせるようにホースを引っ張っていた。
道路の上を引っ張ると通行者が引っかかって転倒してしまうかもしれないし、ホースが破損する可能性も高くなる。側溝の中を這わしていけばそのリスクは低減する、側溝はリスクヘッジとしても機能している。
側溝の凹型の断面を利用して壁に立てかけるように収納されたちりとり。絶妙な整頓さを感じるのは側溝の中に収まっているからだろうか、壁に立てかけてあるからだろうか。
十数年前、尊敬するランドスケープデザイナーの方に、仕事でご一緒した際に教えてもらったことがある。
"足元を<切る>ことで不要なものを背景化することができる"
景観的に不要なものを「無くす」のではなく「許容する」ための方法だ。外構デザインにおいて、景観的に不要だと感じる景色(例えば工場とか)を完全に無くしてしまうことは不可能だけど、不要な景色の足元を植栽で隠す事で縁を切ってしまう(=こちら側からあちら側へと追いやってしまう)、ことで見えているけれど「許容できる」状況を作ることができる。
側溝というある種の閉域の中に収めてしまうことで、自分が立っている道路から縁を切ることができる。こちら側ではなくあちら側へ置く事で生じた見えているけれど「許容できる」状況が絶妙な整頓さを感じさせるのかもしれない。