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人魚に憧れていたころの話


「お花屋さんになりたい」とか。
「ケーキやさんになりたい」とか。
「お嫁さんになりたい」「漫画家になりたい」

まわりがきらきらした笑顔で夢を口にしていたころ。
それは「そのためになにか努力をする」ような
現実的なものじゃなくて。

なにも計算せずに、ただ、口々に自分の「なりたいもの」「憧れているもの」の話をしていた。

そんな話を聞いていたら、将来の夢、なんて書く?
と聞かれたから
「ケーキやさんになりたいって書いて」と。

私は海がない土地で生まれ育ったけれど、
物心がついたときにはなぜか海がすごく好きで、
海なんて覚えているかぎり一度も行ったことがないような年齢だったのに、
イルカのぬいぐるみをずっと抱えて
「ディズニーランド」以外に行きたい場所は、いつも「水族館」。

はじめて見たディズニー映画は白雪姫だったけれど、
ビデオを借りに行くたびに言っていた。
「リトル・マーメイドが見たい」

洞穴の中でアリエルが水面から差し込む光を見つめて、人間の世界に想いを馳せるたびに、
私は人魚の世界に想いを馳せていた。

海の中って、どんな感じなのかな?
深く潜ったら、プールと全然違うのかな?
海から見た空って、どんな色?

水槽で軽やかに泳ぐイルカを見つめては、
そんなことを心の中で聞いて、おしゃべりをしたような気になっていた。


小学校3年生くらいのころ、スイミングを始めた。
潜水があっという間にできるようになって、
よく深くまで潜って水中を見ていた。
けれど、人間の足しか見えなくて、げんなりして、
1年くらいで辞めてしまった。

たぶん、現実で人魚になれないと
ようやく納得したのかもしれない。


中学生になるまで、リトル・マーメイドは
繰り返し繰り返し見ていたけれど
「アニメ」として好きなだけで、純粋な気持ちではなくなってしまっていた。

ちょうどその頃、すごく落ち込むことがあって、
数年前亡くなった祖父がわたしに言った。

「どこか行きたいところある?」

海が見たい。

あの日、海を見て、砂浜を少し歩いた。
私はひさしぶりに見る海が、ベタベタして、
砂浜は思いのほか汚くて
びっくりして早く帰ろうと言った。

でも、あの時見た海は、今目を閉じると
眩しいくらいに綺麗に思える。
きらきらとした水平線に、そのはるか先も海で、
その海中にはなにがあったんだろう。


大人になって、最後に海に行ったのは
もう何年も前になってしまったけれど

私はいまも
「リトル・マーメイド」が好きで
「水族館」が好きで
「海」にずっと憧れている。


人魚に憧れていた頃を思い出すと
まだ幼かった頃の、まわりの大人たちが若かった頃の、
もういない人の、
姿がぼんやりとしたブルーに思い出と浮かぶ。


あのイルカのぬいぐるみは、
どこにいってしまったのかな

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