ガーフィンケル本補論(1):「カラートラブル」に対する2つの記述

この文章は、5月14日に出版された下記書籍の補論として書いています(以降、同書を「ガーフィンケル本」と呼びます)。私は訳者の一人です。もしご関心あれば、同書をぜひ手に取っていただけるとうれしいです。

ダーク・フォン・レーン(2024)『ハロルド・ガーフィンケル:エスノメソドロジーの誕生と社会学のあゆみ』新曜社(D, vom Lehn., 2014, Harold Garfinkel: The Creation and Development of Ethnomethodology, Left Coast Press.)

育児と仕事の関係でなかなか書く時間が取れないのですが、何本かガーフィンケル本の補足記事を書いていこうと思います。ガーフィンケル本の原著は2014年に刊行されています。10年経ったとはいえ内容はまったく古びておらず、ガーフィンケル自身のキャリア・考え方の変遷と、社会学の展開をあわせて手際よく紹介しているという点で類書がありません。

一方で、原著刊行から10年の間に、ガーフィンケルやエスノメソドロジーを対象とした学史研究はそれなりの進捗がありました。この10年間の進捗を踏まえながら、いくつかの補論を提供しよう、というのがこの記事の目的です。なかなか書く時間が取れないので、もしかするとこの一本で終わってしまうかもしれませんが、なんとか数本書いていきたいと思います。

今回は、ガーフィンケルが大学院生の時に書いた小説について少し補足しようと思います。

カラートラブルのあらすじ

ガーフィンケルは大学院生だった1940年に『カラートラブル』と題した小説を発表しています。『カラートラブル』のあらすじは以下のとおりです。

1940年3月23日、ワシントンD.C.発ノースカロライナのダーラム行のバスがバージニア州のピータズバーグの停車場に到着したときに、あるトラブルが起きた。有色人種の若い2人が連れ立って、白人席のすぐうしろに座ったのを見咎めたバスの運転手は、バージニア州の人種隔離法であるジム・クロウ法をたてに2人にバスの後方に移動するように言う。当時の決まりでは、黒人はバスの後ろから詰めて座ることになっていたのだ。しかし、2人のうち女性のアリス・マクビーンはそれを拒否する。困った運転手は2人の警察官に助けを求める。警察官もバージニア州法をたてに2人に移動するよう言うが、ニューヨークから来たマクビーンは、自身がバージニア州民ではなく自由なアメリカ市民であること、病気で(運転手から座るように言われた)車輪の上の壊れた座席には座ることができないこと、肌の色が違うだけで、他の乗客と同じ人間であることなどを述べ、運転手と警官の説得に反論する。
警察官と運転手は2人を逮捕するために事故報告カードを乗客に配り、逮捕令状を準備したが、結局、執行することは保留する。そして運転手は2人に対して、妥協案として一列だけ座席を移動することを提案する。壊れた座席を修理することを条件に2人は妥協案を受け入れる。運転手は座席を修理し、2時間にわたるやりとりはこれで終わったと思ったところで、マクビーンは運転手の態度が淑女に対する紳士のそれとしては口の聞き方が問題であったことを指摘し、謝罪を要求する。それに対して運転手は激昂し、差別的な言葉を口走りながら再び警察官を呼ぶ。そして警察官は2人を治安錯乱行為および運行中の乗り物における公序良俗の侵害の罪で逮捕する。バスから下ろされた2人を残し、バスは発車する。

当時のバージニア州には人種隔離法である総称「ジム・クロウ法」が制定されていました。バージニア州では同法のもと、バスの座席が分けられていました。バス前方は白人の座席、後方は黒人の座席でした。

ガーフィンケルの目撃談

「カラートラブル」については、ガーフィンケル本でも第2章でそれなりの分量で紹介されています。この小説がなぜ重要なのか。それは、エスノメソドロジーの萌芽ともいうべきアイディアがすでにそこに見出されるからです。これについては、ぜひガーフィンケル本を手に取っていただき、読んでもらえるとうれしいです。明瞭な筆致で『カラートラブル』の意義について説明が与えられています。

さて、すでにガーフィンケル本を注意深くお読みいただいた方は、第2章の注2に次のような記述があったことに気づかれたかもしれません。

『オポチュニティ』に掲載された物語の序文を参照して、ドルブ(1989: 253)はガーフィンケルがこの出来事の「目撃者」であったと述べている。

(ガーフィンケル本: 247)

『オポチュニティ』誌のコピーが手元にあるので、この序文を紹介しましょう。『カラートラブル』には、こんな文章が序文として書かれています。

「ここでは起こり得ない」―――しかし、それはバージニア州ピータズバーグのバスで起こった。完全な、それゆえ異例とも言える、人種間の衝突の目撃談。

(Garfinkel 1940: 144)

つまり、「カラートラブル」は完全な創作なのではなく、ガーフィンケルが実際に目撃した人種差別事件をもとに小説の技法でまとめたものだ、ということです。

ドルブ(1989)のこの論文については、「カラートラブル」の日本語訳に付された浜日出夫先生の解説(浜 1998)でも―――注に落とし込まれて、ではありますが―――触れられていたこともあり、『カラートラブル』が目撃談であることは、業界的にはそれなりに知られています。とはいえ、この情報価値があまり認識されてこなかったからか、教科書や書籍収録論文などではいちいち言及されてこなかったと思います。この記事では、この点について詳しく紹介するものです。

マレーから見た「カラートラブル」

ガーフィンケルが目撃し、小説のかたちで記録に残した出来事について、もう一人の記録が残されています。それは、アメリカ公民権運動で著名なパウリ・マレー(Pauli Murray)によるものです。マレーはこのとき、ノースカロライナ大学チャペルヒル校の人種を分離した大学院課程に対して異議申し立てをしており、その名は広く知られていたそうです。

『カラートラブル』では、バスの運転手や警察官と揉める「有色人種の若い女と若い男」が主要人物として登場します。「若い女」はアリス・マクビーン、「若い男」はオリバー・フレミングと名乗るシーンがあります。この「若い男」は、実はパウリ・マレーでした。

アメリカの歴史学者であるロザリンド・ローゼンバーグ(Rosalind Rosenberg)は、ハーバード大学に保管されているパウリ・マレーの当時のメモから、マレー自身によるバスでの出来事のアカウントとガーフィンケルによるアカウントを照らし合わせています(Rosenberg 2017)。そして、概ね両者の記述は一致しているものの、大きな相違点があることを指摘しています。それは、逮捕のきっかけです。

『カラートラブル』では、バスの運転手に対して、「話し方」と「座席が壊れていた場合はそこには移動しないということを明確にすること」の2点についてマクビーンが謝罪を求めたところ、運転手は激昂し、差別的な言葉を吐き散らしながらバスの外に出て、警官を連れて戻り、マクビーンとマレーを逮捕させた…と書かれています。

一方で、マレーのメモによれば、確かにマクビーンはバスの運転手に謝罪を求めたものの、それに対して運転手は激昂せず、全員に対して「正々堂々としたやりとり」をしてほしいと呟いただけだったそうです。

では、マクビーンの謝罪要求が逮捕のきっかけでないとしたら、なぜマレーたちは逮捕されたのでしょうか。マレー自身の記述によれば、逮捕前にバスの運転手が事故報告カード(何か事故が起きた際に、事故の内容や原因になった人物について書く欄があるのもので、末尾に署名すると、法廷での証言を許諾することになるもの)が配られたことへの抗議が逮捕のきっかけだったと述べています。この時、バスの運転手は、事故報告カードを乗客のうち白人の乗客のみに配布していて、それに対してマレーは黒人の乗客にも配るように要求したとのことです。それに対して運転手は怒り、警察官を連れて戻って、二人を逮捕させた、と。事故報告カードのエピソードは『カラートラブル』にも書かれていますが、運転手が白人のみにそれを配布していたことは描写されていません。

ガーフィンケルとマレーの記述の違いの理由

両者の記述の違いについて、ローゼンバーグは、いくつかの理由を推察しています。まず、マレーは黒人で人種差別に敏感であったが、ガーフィンケルは白人の大学院生で人種問題についてはあまり敏感ではなかったからではないか、ということです。ただし、ガーフィンケルが座っていた場所がバスの一番前だったということと、自分にも配られた事故報告カードに気を取られたために、マレーとバスの運転手のやりとりを聞き漏らした可能性があることも付記してはいます。

もうひとつは、ガーフィンケルがマレーを「若い男」とみなしていたことにも関係があるとローゼンバーグは主張しています。たしかに『カラートラブル』では、マレーは「白人でも黒人でもない」「10代の少年」として描写されており、マクビーンが主役として描写されています。しかし、事件当時、マレーはすでに29歳でした。また、マレーは女性として生まれましたが、性自認はひとつに定まるものではなかったと言われています。1940年当時は髪を短く刈り上げ、男装していたことをローゼンバーグは突き止めています。つまり、ガーフィンケルはマレーを自立した大人としてみなしておらず、ゆえに、バスの運転手とのやりとりにおけるマレーの発言や振る舞いを軽視したのではないか、とローゼンバーグは述べています。

なお、ローゼンバーグが調べたところ、逮捕のきっかけについては、残された裁判記録では明確に記録されておらず、結局のところ、ガーフィンケルとマレーそれぞれの記述のどちらが正しいのか判断が難しいとのことでした。ただ、同じく裁判記録において、マレーの記述が正しいことを同行者が認めていることから、マレーの記述の方が正しいのではないか、とローゼンバーグは述べています。

ちなみに、歴史学者のグレンダ・ギルモア(Glenda Gilmore)がガーフィンケルに、『カラートラブル』における「若い男」が実は女性だったことを知っていたかどうかを尋ねた、という記録が残されていますが、それに対してガーフィンケルは「知らなかった」と答えたそうです。

ロールズによるローゼンバーグへの応答

さて、以上のようなローゼンバーグの主張に対して、社会学者でガーフィンケルの遺稿管理人であるアン・ロールズが応答していることも述べておこうと思います。

ローゼンバーグ自身も付記していたとおり、ガーフィンケルは白人乗客がいるバス前方の一番前に座っていました。一方でマレーは、バス後方にいました。ロールズは、バス運転手とマレーらのやりとりを詳細に聞くには、ガーフィンケルの位置はやや離れていることから両者の記述の違いが生じたのだろう、と述べています。

先述のとおり、ローゼンバーグは両者の記述の違いについてガーフィンケルの属性やジェンダー観にその理由を求めていますが、ロールズは、そのような主張は「ガーフィンケルの分析の社会学的な意味を曖昧にしてしまうゆえに、残念なことである」(Rawls 2022: 99)と述べています。また、当時のガーフィンケルがアメリカ南部を旅行していた若いユダヤ人であったこと―――つまり、彼自身もさまざまな差別に苦しんでいたことを忘れてはいけない、と指摘しています。

そして、ロールズは「2つの証言が伝える『事実』は驚くほど似ている」が「異なるのは、両者がこの事件をどう捉えているかである」(Rawls 2022: 97)として、後者に注目すべきだと主張しています。

たとえば、『カラートラブル』では、バスの運転手が座席をひとつ後ろにずらすという妥協案を提示した場面があります。マレーの記録では、この妥協案を引き出したのは、マレーによるガンジーのサティヤーグラハの実践によるもので、小さな勝利であるとされています。

一方で、ガーフィンケルはこの場面について、バージニア州の白人が出来事を理解するために参照している「暗黙の前提」がいかなるものなのかを分析し、そのうえで、目の前の相手がバージニア州出身ではなくジム・クロウ法を知らないことをバスの運転手が理解した時に―――つまり、暗黙の前提が成立しないときに、どのように即興的に辻褄合わせをするのかを観察しています。

この両者の違いについて、ロールズは次のように結論付けています。すなわち「バスの運転手が、黒人の乗客の一人がバージニア州での物事の仕組みを理解していないことに気付いたこと、これこそが妥協の可能性を生み出したのであって、ガンジーの戦略が妥協の可能性を生み出したのではない」(Rawls 2022: 98-99)ということです。

ロールズは他にもいろいろなことを述べていますが、ひとまずこれぐらいにしておこうと思います。

バージニア州のバス内で起きた人種差別事件に対する2つの異なる「ものの見方」があること、これは世界の複数性そのものです。そして両者を読み解こうとする2つ異なる試みは、世界の複数性を異なるやり方で調停しようとしているという観点で比較対照して読むと、「テクストを読む」という実践がいかなるものなのかも考えることができるかと思います。


参考文献
Doubt, Keith. 1989. "Garfinkel before Ethnomethodology." The American Sociologist, 20(3), pp.252-262.
Garfinkel, Harold. 1940. "Color Trouble," Opportunity (18), May. (=1998, pp10-29. 秋吉美都訳「カラートラブル」山田富秋・好井裕明編『エスノメソドロジーの創造力』せりか書房).
浜日出夫(1998)「エスノメソドロジーの原風景:ガーフィンケルの短編小説「カラートラブル」」山田富秋・好井裕明編『エスノメソドロジーの想像力』せりか書房, pp.30-43.
Rawls, Anne, Warfield. 2022. "Harold Garfinkel's Focus on Racism, Inequality, and Social Justice: The Early Years, 1939-1952." In Douglas W. Maynard and John Heritage (eds.), The Ethnomethodology Program: Legacies and Prospects (pp.90-113).  New York: Oxford University Press.
Rosenberg, Rosalind. 2017. Jane Crow: The Life of Paule Murray. New York: Oxford University Press.

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