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嵐のように駆け抜けたWham!(ワム!)

アメリカとほぼ同時に日本のCMでブレイク

ワム!は間違いなく80年代を代表するイギリスからのビッグスターですが、アメリカでの成功は日本とほぼ同時期だったように思います。

日本でのブレイクのきっかけはマクセルのカセットテープのCM。「えっへん!ハイポジション」のコピーでインパクトのあるCMだったこともあり、洋楽ファンよりもお茶の間に先に彼らの存在が届いた感じでした。CMを仕掛けたのは彼らの日本でのレコード会社だったエピックソニーだそうで、彼らのマネジャーであるサイモン・ネピア=ベル(ヤードバーズ、Tレックス、ジャパンのマネジャーとしても有名)がOKを出して実現したCMだそう。

この時に使われた楽曲が"Bad Boys"と"Freedom"ですが、この2曲についてはいくつか不思議なことが。

ワム!にゴーストライター??

2020年11月にこのマクセルのCMも収録されたCD+DVD「ジャパニーズ・シングル・コレクション」が発売されました。

このコンピ盤を監修したのが、80年代音楽評論といえばこの方、ノーナ・リーブスの西寺郷太氏。その西寺氏が2014年に上梓したノンフィクション風小説「噂のメロディ・メイカー」の中で、CMで使われた"Bad Boys"と"Freedom"はジョージ・マイケル作ではないのではないか、という指摘がなされていました(あともう1曲、"Last Christmas"も)。詳細はネタバレになるので、ぜひ本作を読んでいただきたい(80年代ファンなら楽しめるはず)のですが、私も当時から不思議だと思っていたことがありまして。それはどちらもCMとレコーディングされた曲では歌詞が違うことなんです。CMの収録はワム!がプロモーション来日した1983年12月に撮影され、そのときに"Bad Boys"が使用されたわけですが、原曲の録音自体は1982年には行われており、翌83年5月にシングルとしてもリリース、7月にファースト・アルバム"Fantastic"がリリースされていました。なのにCMでは歌詞のみならず一部メロディーも改変されたものになっていたのです。その後CM第二弾で使用された"Freedom”も同様の形になっており、これが不思議で、西寺氏もそのあたりも理由の一つとしてゴーストライター説をネタに小説を書かれたものと思われます。

種明かしをすれば、当時ワム!は最初のレコード会社であるインナービジョンと契約を巡る裁判のために"Fantastic"収録の"Bad Boys"がそのまま使用できず、ジョージがCMのために"Bad Boys"と似て非なる曲として作り変えたというのが真相だそう。ということでCMの"Bad Boys"は"Bad Boys"ではないのです。でもレコード会社が変わってからの"Freedom"は変える必要なかったよね?ややこしい。

さらにややこしいシングルのリリース状況

まあこのように日本でのブレイクの状況もややこしかったわけですが、彼らの思い出としてはシングルのリリースの仕方も実にややこしかったというものがあります。前述の裁判の影響もあってのことでしょうが、イギリスとアメリカでもシングルリリースに様々なズレがありまして。

1984年10月、セカンド・アルバム「メイク・イット・ビッグ」が発売されて大ヒット、世界的スターとなりましたが、その前後のシングルは次のような順番でリリースされています。

"Wake Me Up Before You Go-Go"  → "Careless Whisper" → "Freedom" → "Last Christmas / Everything She Wants"

これはイギリスでのリリースの状況ですが、"Careless Whisper"はジョージの単独作としての名義にされており、"Freedom"はオリジナル・ヴァージョン、"Last Christmas"は"Everything She Wants (Remix)"と両A面の扱いとなっています。

ところがアメリカでは"Careless Whisper"はワム!名義、その次に"Freedom"と"Everything She Wants"のリミックス・ヴァージョンがリリースされ、”Last Christmas"はアメリカでは当時発売されていませんでした。

日本はというと、イギリスとアメリカの両方に合わせたようなリリースで、そのために"Freedom"はオリジナルとリミックス・ヴァージョンの2種類がシングルリリースされています。また"Last Christmas"はB面が"Credit Card Caby"で、"Everything She Wants"のB面には"Like a Baby"が収録されました。そういえば"Everything She Wants"には二人からのメッセージも収録されてましたっけ。

エピック全盛時代

しかし振り返ってみると、当時のエピック・レーベル、豪華です。覚えているだけでも80年代初期はアダム&ジ・アンツとミート・ローフ(日本ではこの人売れないなぁ)で大当たり、直後にマイケル・ジャクソンの"Thriller"でしょ?そしてワム!が当たってその後はデッド・オア・アライヴ、ポール・ヤング、シャーデーといったイギリス勢に、シンディ・ローパー、REOスピードワゴン、マイアミ・サウンド・マシーンですもん。オーストラリアのメン・アット・ワークもいたし、ウハウハですな。

興味深いのは、調べてみるとエピックって元々コロンビア/CBSレコードのクラシック&ジャズ部門のレーベルだったということ。むしろ逆だと思っていました。

あっという間の解散

ワム!に話を戻しますと、84年から85年はまさに彼らの年というほどの大成功を収めました。が、何しろジョージ・マイケルの才能にフォーカスが当てられ、相方のアンドリューは必要なのか?とネタにされるに至り、解散説が徐々に流れるようになったのが85年後半。皮肉なもので、元々はアンドリューにジョージが憧れていたというのに立場が逆転。ただ、二人の仲は最後までそう悪かったわけではないそうで、純粋に音楽的に次のステップに進むために…といったところでしょう。

というのも、85年に発表されたシングル"I'm Your Man"はワム!流ポップの到達点のような出来である一方、PVをみるとジョージのイメージは変わり、マネジャーのサイモン・ネピア=ベルが願って止まぬショートパンツを履いたアイドルのイメージ(ジャパンは絶対こういうことしないからねぇ)に抵抗するかのように見えました。

その後アルバム"Music From The Edge Of Heaven"と"The Final"を出すわけですが、契約消化というかなんとも中途半端な形でそのままフェイドアウト。実質的な活動期間はわずか4年、残したオリジナル曲はたった20曲で、うちシングルになったのが13曲。これほど効率の良い売れ方をしたアーティストも考えてみると彼らくらいですね。それなのにこれだけ記事が書けちゃうというのも彼らの凄さ。

ジョージよりも衝撃的だったアンドリューのデビュー

その後はソロ活動へと二人は向かいますが、ワム!の頃から"Careless Whisper"がソロ扱いされたり、"A Different Corner"をヒットさせたり、"I Want Your Sex"もヒットしたりとすぐにスムーズにソロ活動させて"Faith"で大ヒットするジョージはともかく、アンドリューはどうするのかなと思ったら、まずは彼が好きなカーレースへ。「近藤真彦みたいだな」と思っていたところへ、1990年に彼がソロ活動をするとの情報が。

興味津々で登場したシングルが"Shake"。初めて聞いたとき、イントロがアコギのカッティングに入るところといい、ジョージの"Faith"を意識したのかなとしか思えなかったのを思い出します。

ちなみに作曲はアンドリュー自身とワム!二人にとっての幼馴染にでもあるデヴィッド・オースティン(そういえばこの人も売れなかった)。アルバム"Son of Albert"と共に結局セールス的には失敗し、アンドリューは音楽界を去りますが、中古盤で見かける数を見る限り、アルバムは日本ではそこそこ売れたんではないでしょうか。

ちなみにアンドリュー、ジョージの死後に"George Michael & Me”という自伝を書いており、その人柄の良さが表れていると評判に。日本語版早く出ないですかね。

ではディスコグラフィーを振り返ってみましょう

1st "Fantasic!" (1983)

私が最初に聞いたのはこのアルバムで、レンタル屋で借りてきました。もちろんお目当ては当時CMで流れていた"Bad Boys"。洋楽に興味を持ち出したごく初期でしたが、何度も何度も聴いたアルバムです。どの曲もポップで覚えやすいものですが、軽いといえば軽い。一番聴きごたえがあったのは"Love Machine"で、これだけ妙に浮くほど本格的に黒い(ブルー・アイド・ソウル的)と思ったら何のことはない、ミラクルズのカバーだったというオチで。このアルバムの隠れ名曲はB面2曲目に当たる"Nothing Looks the Same in the Light"。

 のほほんな”Club Tropicana"のSEに被さって登場するメロウな曲。ちなみにこの路線は意外にこの後はなくなり、シングル"Club Tropicana"のB面だった"Blue"くらい。ちなみにこの"Blue"も名曲ながら当時はアルバムカセットにしか収録されておらず、CD化はずっと遅れて1997年のドラマ"智子と知子”に"Club Tropicana"が主題歌に使用された際に5インチシングルで発売されたのみでした。が、この度前述の「ジャパニーズ・シングル・コレクション」に無事収録。さらにおまけですがこの"Blue"はほぼ歌詞がない曲でしたが、85年の中国でのライブ・バージョン(アルバム"Edge of Heaven”収録)ではフルの歌詞付きに。実はこれまたややこしいことに、元々はこのフル歌詞だったようで、1983年にRussell Harty Showというテレビ番組ではそのヴァージョンが歌われていました。貴重なそのときの動画はこちらで。

2nd "Make It Big" (1984)

言わずと知れた大ヒット作で、私が生まれて初めてレコード屋に予約して買ったアルバムでもあります。お目当てはもちろん"Freedom"。すでに"Wake Me Up Before You Go-Go"も全米No.1になってましたし、西城秀樹や郷ひろみもカバーした"Careless Whisper"はなんとオリコンで1位になるしで、そりゃもう期待して買ったもんです。

ただ、アルバムを聴いてみると1stよりも軽い感じが。何というか、きちんと仕上げた曲とそうでない曲の差がかなり極端な感じがします。シングルになった曲はもちろん丁寧に仕上げられていますが、それ以外だと"Heartbeat"はいい曲ですがやはり詰めが甘いような。"Like a Baby"や"Credit Card Baby"は手抜きっぽくて。アイズレー・ブラザーズの"If You Were There"は原曲の良さとアレンジも割と忠実なので問題はないですが。結果的には1stよりもあまり聴かないアルバムに。

思うに、あの忙しさの中、曲がまともに書けなかったんじゃないかとも。というのもジョージって寡作家なんですよね。1stもそうですがアルバムにわずか8曲しかないというのはワム!を除けば当時はスパンダー・バレエかスティーヴ・ウィンウッドくらいなわけで。

ということでこのアルバムからのオススメはやはりシングル群。特に"Freedom"はやはり素晴らしいポップチューンですが、のちにアメリカでシングルになったリミックスよりオリジナルが良く、これは無理にドラマチックに仕上げ、引き伸ばした感のある"Everything She Wants"(ジョージの自信作らしい)も同様かと。

3rd "Music From The Edge Of Heaven" (1986)

実質的なラストアルバム。8曲中純粋な新曲は3曲のみで、しかもそのうちの1曲はカバー(Was Not Was の"Where Did Your Heart Go")。そりゃ買う気失せますよ。ということで当時はスルーしたアルバム。今聞いてみると新曲3曲はなかなか興味深いところがあって、"Edge of Heaven"はメンフィス・ソウルぽく、"Battlestation"はスライ・ストーンのようなリズム・ボックスに合わせたクール・ファンク調。"Where Did Your Heart Go"は邦題「哀愁のメキシコ」の通り、どこかラテンぽさもあるバラード。いずれにせよ音楽性もバラバラ過ぎて、アルバム作ってるうちに収拾がつかなくなって放り出し、アルバム未収録のシングルやリミックスで水増ししたというのが真相のような気もします。

おまけにこの頃のソニーも迷走してまして、アナログ片面シングルで価格を下げて販売するという(ジャケットも紙袋みたいなデザイン)状況で、手を伸ばしたくなるような代物ではありませんでした。

4th "The Final" (1986)

というわけで、4thと言いながらほぼ同時期に"Edge Of Heaven"と発売されたベスト盤(実際は"The Final"が先に発売されているので、こっちが3rdらしい)。"Edge of Heaven"に収録された新曲3曲は全てこちらにも収録され、結局2曲くらいしかダブりなしがないため、何なんだろうなと思った記憶あり。

この後もいくつかベスト盤が出てますが、まあこれを買うのが無難かと。というかですね、彼らのオリジナルアルバムはこれまでまともにリマスターされたことがないんです。おそらくジョージがソニーと揉めてヴァージンへ移籍したことも原因かと思いますが、一方でジョージのオールタイムベスト盤2作("Ladies & Gentlemen", "Twenty-Five")はソニーが発売するなど、この辺りの大人の事情がありそう。しかし、オリジナル作のリマスターはぜひやってください。ここまで再発が途切れない80年代のアルバム(特に最初の2作)もそうそうないでしょうに。

ジョージの死

2016年、ジョージ・マイケル逝去。ソロ時代に残したアルバムも5枚ほどで寡作家のままでしたが、若過ぎる死でした。

大ヒットしたソロ"Faith"はリアルタイムでは買わなかったんです。子供だったんでやはりワム!のキラキラしたイメージの方が好きだったんですね。

96年のサード・アルバム"Older"は買いました。セカンドシングルとなった"Fastlove"が好きだったんで。でもアルバムの方はかなり落ち着いたトーンで、その後もあまり聴かず。 

ということで、間違いなく傑出した才能だったジョージですが、ソロ作にはあまり馴染まなかったんで、これから後追いで聴いてみたいなと思います。

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