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平安時代とサイバーパンク


テクノロジーと詩

ここでお話しするのは、サイバーパンク的な世界観に熱中していた私が、なぜか何世紀も前の詩に深く惹かれ、詩を思い浮かべるだけで鳥肌が立つほどになるという不思議な体験をして、何故こうなったのかを深堀したものです。

この経験が、伝統文化を守る人や、新しい試みをしている人にとってささやかなヒントになれば幸いです。

サイバーパンクへの没頭と予想外の誘い

私は『スノウクラッシュ』や「オルタード・カーボン」といったサイバーパンク作品に夢中な人間です。

そこには高度なテクノロジーとめまぐるしく変わる社会があり、新しい価値観や情報が際限なく流れ込みます。

そんな未知の世界を覗き見るとき、胸の内には特有の興奮が広がり、常に次の刺激を求めるような気持ちになりました。

ところが、未来を描いた鮮烈なイメージに包まれていた私に、思いがけない誘いがありました。

箏(琴)奏者であり作曲家の久(Hisashi)さんが「詩吟をリミックスしてみない?」と声をかけてくれたのです。

民族音楽が好きだった私は即座に飛びつき、その対象となる詩に百人一首が含まれていることを知りました。吟者のHeyHeyさんが詠む「秋の田の」「ちはやふる」といった詩は、私にとっては全く新しい領域でした。

詩が呼び覚ます情景

作曲のために詩の意味を調べていると、特に「秋の田の」という短い詩に強く惹かれていきました。

その詩は収穫前の田んぼ、朝の冷たい空気、まだ刈り取られない穂が揺れる静かな時間をほんの数行で示しています。機械のない時代、人々は自然と共に生き、季節の巡りを生活に染み込ませていたのだと、さりげない表現から感じ取れました。

しかし、その詩は単なる穏やかな風景だけを示しているわけではありませんでした。想像を膨らませると、雅な文化が華やぐ陰で、黙々と重い労働に従事する農民たちの姿が目に浮かんできます。

薄暗い中で働く彼らの存在は、先ほどまで私の頭にあったテクノロジー主導の未来像とはまるで対照的な、重みのある現実をそこに生み出しました。

鳥肌が立った経験談

私が鳥肌を覚えたのは、この詩を思い起こすだけで、当時の情景が匂いや手触りを伴って頭の中に広がると気づいた瞬間でした。「人々はこうした困難を抱えながら、それでも生き抜いてきたのだ」という実感が、ほんのわずかな言葉から心に染みてきたのです。

情報とデータにあふれた未来図を存分に楽しんだあとで、何世紀も前の農村風景がこれほど深く、しかもわずかな文字から伝わってくることに驚かされました。

そこには明るいとは言えない、けれど人間的な温もりと安定感があったのかもしれません。

考察


この経験を通じて気づいたのは、たとえ人々が新しい技術や情報に満ちた世界を軽やかに行き来していたとしても、その奥底には、「変わらない価値」や「昔からそこにあるもの」を求める心の動きが潜んでいるのではないか、ということでした。

『百人一首』に収められた「秋の田の」をはじめ、伝統的な詩や和歌は、何百年も前から人々が繰り返し読み、味わい、記憶にとどめてきた表現です。

そうした作品は、ただ美しい情景を描くだけでなく、その背後にある歴史や暮らし、そして絶えず続いてきた人間の営みを、さりげなく伝えてくれます。

現代では、ユネスコ無形文化遺産として各国の伝統芸能や習俗が次々と登録され、世界的にも「受け継がれてきたもの」の価値が再認識されています。

デジタル技術が当たり前となった時代、スマートフォンを片手に複雑な情報環境を渡り歩く私たちは、効率的なコミュニケーションや新規性のある娯楽を享受しつつ、ふとした拍子に「もっと根源的で人間くさいもの」を必要とする瞬間に出会います。

季節の移り変わりや自然の力に素直に心を開き、苦労を重ねながら生き抜いてきた人々の軌跡に触れることで、急激な変化を続ける現実から一歩引き、深く息をつくことができるのが古い詩や伝統文化だと思っています。

「秋の田の」のような詩が思いおこすのは、きらびやかな未来を謳歌している私たちにも、静かで揺るぎない基盤が必要であり、それは意外なほど昔から目の前に置かれていた、という事実かもしれません。

あなたが守り、伝え続けている伝統文化は、世の中がいくら先鋭化し、流動的になっても、人々が戻ってこられる“静かな港”となり得ると思います。

古来の詩や芸能、習俗は、テクノロジーの波に乗った日常から一瞬身を引き、何が私たちを本質的に支えているのかを思い出す契機を与えてくれるのです。

私が「秋の田の」に心を揺さぶられた経験は、その価値の一端を示しているにすぎませんが、もしあなたが発信する伝統のメッセージが、現代を生きる人々の心にそうした安らぎと納得をもたらす一助となれば、これほど嬉しいことはありません。

協力者:
久(Hisashi) | 和楽器ジェネ「千手」


heyhey 詩吟YouTuber

作品:秋の田の


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