巨大ダンジョン〈紀伊国屋書店新宿本店〉で好き放題に本を買うのはめちゃくちゃ楽しい。
新宿の雑踏を抜けると、そこは巨大ダンジョンであった。そう!東京の巨大ダンジョンこと、紀伊國屋書店 新宿本店である!
遡ること12時間ほど前。「そうだ、東京に行こう」と思い立ったのは風呂から上がりあとは寝るだけという時だった。旅行前日の深夜であったのにも関わらずフォロワー2人と夜飲みに行く約束を取り付け、インターネットで宿を取り、一晩明けて新幹線に飛び乗ればあっという間に日本の首都・東京である。人間やろうと思えば成し遂げてしまうものなのだ。
計画的な方はご存知ないかもしれないが、突発的に旅行計画を立てるとアドレナリンがドバドバ出る。東京の恐るべき人口密度も相まって私のテンションは上がりに上がっていた。銀色のビルを爛々とした目で見上げ、いざゆかんと足を踏み出す。
なんてったって、目の前に聳え立つは巨大書店・紀伊国屋書店新宿本店である。売り場面積は国内最大級の1400坪。関東在住のフォロワーが何気なく「新宿の紀伊国屋いってきたー」なんてツイートをする度、羨望を胸にハンカチを噛んだものである。いつか行ってみたいものだと憧れてはいたが、こうも早くに相見えるとは。
今回の旅行における最大の目的は「巨大書店で好き放題に本を買う」ことである。ただ、「好き放題に」といっても稼ぎの少ない身。制限がなければ貯金は底をつくだろう。破産するのが目に見えている。そこで、図書カードNEXTの企画「図書カード使い放題?!」(図書カード3万円分を作家に渡し本を買ってもらう企画)を参考に、3万円を予算として挑んだ。仮の予算なのでどうしても買いたいときはオーバーしても良いのだ。予算内に収めるというゲーム性があればより楽しくなるだろうという狙いもある。
前置きが長くなったがここからが本編である。先に言っておくが、このnoteはめちゃくちゃ長文なので、私の長きに渡った戦いに感情移入できること間違いなしだ。買うか迷った本にも言及しているので余裕で1万字を超えている。
それでは早速、元気よく行ってみよう。
紀伊國屋書店新宿本店の売り場は1階から8階まである。考えるに、後先考えず買い物カゴに本を放り込んでいると簡単に予算をオーバーするだろう。本を元の棚に戻しに階を上下に往復するのも重労働だ。重いカゴを持って階を上がり筋肉痛になるのも御免被りたい。
そこで、「図書カード使い放題?!」企画にて米澤先生が決行していた計画を流用させていただくことにした。
これだ。完璧な計画である。偉大なる先生の計画に背を押された私はメモ帳とシャーペンを握りしめ、まず1階の売り場に赴いた。
(下記の目次は、最終的に購入した本の一覧となっています。)
【1】 『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー,竹内薫訳/ダイヤモンド社)
【2】 『宇宙思考』(天文物理学者BossB,斎藤龍男訳/かんき出版)
1階は「新刊・話題書」「雑誌」「催事」のコーナーがある。多くのトピックがある中で私が吸い込まれていったのは「サイエンス 新刊・話題書」であった。このコーナー、めちゃくちゃ楽しいのである。小規模スペースながらも心躍らされるタイトルが揃っており、ここでかなりの時間を費やした。
まず『超圧縮 地球生物全史』だが、この本にはかなりのロマンが詰め込まれていることが目に取れて分かった。目次には「1章 炎と氷の歌」「3章 背骨のはじまり」「9章 猿の惑星」といった詩的な章タイトルが並んでおり、節タイトルも興味を惹かれるものばかりだ。この本のなんといっても良いところは、「むかしむかし、巨大な星が死にかけていた。」で文章が始まり、「だから絶望してはいけない。地球は存在し、生命はまだ生きている。」で締め括られるところにある。ロマンだ。これは勿論、買いの一択である。
次に『宇宙思考』である。こちらはなんとビジネス教養書で、どうやら科学的思考により物事の本質を見ようとしているらしい。正直ビジネスに興味はないが視点が多いに越したことはないし、「パラレルワールドはあるのか」とか「私たちの世界が全てシミュレーションだという可能性はあるのか」とか「未来・過去へタイムトラベルできるのか」とか中身がめちゃくちゃ面白そうだったので当然買う。宇宙のこと知りたいし……宇宙くんのこと、おもしれえ奴だと思ってるから……
また、「シュレディンガーの猫」や「ワームホール」などの解説用に可愛いイラストも掲載されており、嬉しさのあまりイエッヒェヒェと魔女みたいな笑い声をあげてしまった。
他にも、『人体の全貌を知れ』も面白そうでメモする。煽り文の「とんでもなく複雑で、とんでもなく精巧──内なる秘境、人体。さあ“秘密の人体”へ分け入る旅へ!」が良いし、表紙タイトルの『全貌』フォントも可愛い。
新刊・話題書コーナーを抜けて油断していると、雑誌コーナーに『東京人2023年4月号 特集 「特撮と東京vol.2」〈アマチュア特撮〉の世界』なんて最高最強雑誌も見つけてしまった。だって、「ゴジラが、モスラが、ガメラが、ギャオスが破壊した東京」とか「破壊される都市東京の変遷」とか表紙に書いてあるのだ。
まだ1階であるのに「ままー!あれ買って!これも!」と私の内なるガキが叫びながら床をのたうち回っている。安心しろ!今日はオレがママだからよ!とメモにタイトルを書きつけ、やっとこさ2階へ上がる。
【3】 『NSA[上]』(アンドレアス・エシュバッハ,赤坂桃子訳/早川書房)
2階は鬼門である。ここにおわすは「文学」「文庫」「新書」「ライトノベル」のコーナーであるぞ、と立ちふさがっている。しかしまあ、ひれ伏すわけにもいかないので勢い付けて足を踏み入れる。この難所を乗り越えればなんとかなるはずだ。そして、そう意気込んだ私を容赦なくブックサロンが吸い込んだのであった。
下人の行方は、誰も知らない。
完
危ない。終わってしまうところだった。
というのも、ブックサロンにはジャンルごとにそれぞれ特集が組まれており、なかなか魅力的な場所となっている。中でも、国内外に分けたSFランキングは私の目を引いた。
海外編1位は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』で、私がちょうど読んでいたものだった。このnoteを書いている私はすでに読了しているので自信を持って薦めさせていただくが、めちゃくちゃ面白いのでみんな読もう。
座り心地がいい椅子に、見晴らしのいい窓際。一度座り込んでしまえば立ち上がるのは至難の業である。諦めてランキングを吟味することにした。
『NSA』は海外編ランキングにあった。あらすじがめちゃくちゃ面白そうなのである。「第二次世界大戦中のドイツで携帯電話とインターネットが発展し、高度な監視システムが構築されたら?20世紀初頭にほぼ現代同様のコンピュータが開発されたこのドイツで、国家保安局NSAがすべてのデータを監視し、保存していた。」こんなん面白いに決まってるだろう。
他にも、韓国SF『極めて私的な超能力』や、国内編1位のファーストコンタクトSF『法治の獣』をメモする。『極めて私的な超能力』表題作は「自分には超能力がある、あなたは私とは二度と会えない。元カノはそう言った──」なんて気になるあらすじだ。
『法治の獣』はあらすじにある「あたかも罪と罰の概念を持つかのように振る舞う異星の草食獣」を指していると思うのだが、そのネーミングセンスが気に入った。
また、注目作品を集めたコーナーがあり、こちらにもふらふらと寄る。文藝賞受賞作・芥川賞候補作、東京に暮らすブラックスミスたちが企む鮮やかな逆襲劇『ジャクソンひとり』が目にとまった。「実際に生きてるってこと。盗用したポルノごっこじゃなくて」のセリフに、他人にはそれぞれの人生や苦悩や幸福があることを人間は忘れがちだよな、と自戒を込めてメモをとる。
ブックサロンを立ち去りながら、綿矢りさの『嫌いなら呼ぶなよ』の強気なタイトルに惹かれてすぐそばの棚に足を向ける。あらすじにあるセリフ「一応、暴力だろ。石でも言葉でも嫌悪でも。」が良い。
数冊隣に木下龍也の歌集『オールアラウンドユー』を見つけてこちらもリストに入れる。木下龍也は私の好きな歌人で、私だけの短歌を依頼したこともある。“詩の神に所在を問えばねむそうに答えるAll around you”、素敵だ。
そのまま棚の前を蟹歩きしていると、第64回メフィスト賞受賞作品『ゴリラ裁判の日』が目に飛び込んできた。私はメフィスト賞が好きなのでこれも当然メモする。
【4】 『改訂完全版 占星術殺人事件』(島田荘司/講談社文庫)
【5】 『ハサミ男』(殊能将之/講談社文庫)
特設コーナーを抜けると、広大な文庫コーナーが私を待ち受けていた。
ミステリー小説がランキング順に沈設された棚の目の前に立つ。1位『十角館の殺人』、2位『すべてがFになる』、3位『占星術殺人事件』、4位『殺戮に至る病』、5位『容疑者Xの献身』、6位『そして誰もいなくなった』、7位『ハサミ男』(メフィスト賞!)等々、錚々たるラインナップである。
ここから、あの綾辻行人のデビュー作にしてミステリ界に新本格ブームを巻き起こしたとされる『十角館の殺人』、名探偵御手洗潔を生んだ衝撃作『占星術殺人事件』、猟奇殺人犯が模倣犯を追う『ハサミ男』をピックアップし、メモに書き足していく。良いミステリだとは聞いていたが読み損ねていたものばかりだ。これを機会にぜひ読んでおきたい。
小説棚をぐるぐる巡っていると、若林正恭が書いたキューバ紀行文『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』があった。おお!表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬じゃないか!!!とリストに入れる。前から目をつけていたのだ。表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬って、タイトルからしてなんかもう良いだろ。
さて、この時点でかなり疲労困憊だが、この階における最終コーナー「新書」に行かねばなるまい。頬を叩き気合を入れ直す。
【6】 『異性装 歴史の中の性の越境者たち』(中根千絵,本橋裕美,他/インターナショナル新書)
【7】 『なぜ日本には碁盤目の土地が多いのか』(金田章裕/日経BP,日本経済新聞出版)
【8】 『心は量子で語れるか 21世紀物理の進むべき道をさぐる』(ロジャー・ペンローズ著,中村和幸訳/講談社)
普段は文芸・文庫コーナーばかりに足を運び、恥ずかしながら新書とはあまり縁のない生活を送っていたのだが、なんだこのコーナーは。新書コーナー、めちゃくちゃ楽しいのである。楽しさに愕然としてしまうばかりなのである。
ここに来て初めて気づいたのだが、私はどうやら問いかけてくるタイトルに弱いようだ。新書のタイトルは、こちらに問いかけてくるものが多い。
『異性装 歴史の中の性の越境者たち』の帯には「性を越境する異性装になぜ我々は惹かれるのか?」とあり、たしかになぜ私は『花ざかりの君たちへ』とか『桜蘭高校ホスト部』とか好きなんだ!?と迷いなくリストへ。
その隣には『あのSFはどこまで実現できるのか テクノロジー名作劇場』が並んでおりこちらもリストに加える。『2001年宇宙の旅』が現代のAI技術でどこまで実現できるのかとか、『攻殻機動隊』や『ターミネーター』、『新造人間キャシャーン』などのSF作品の実現性について述べており非常に興味深い。
どんどん棚の前を蟹歩きしていると『歴史学のトリセツ 歴史の見方が変わるとき』や『なぜ、日本には碁盤目の土地が多いのか』といったいかにも面白そうなタイトルが次々と目に入ってくる。
後者の煽り文は「『土地は四角形』が当たり前だと思っていませんか?」だ。うーーん。思っていた。海外には三角形とかいろんな土地があるのも、日本に碁盤目の土地が多いのも知ってはいるが、なぜこうなっているのかと聞かれると明瞭な説明はできない。幼い頃、大人はなんでも知っている万能の存在だと思っていたが、実際に年を取ってみると案外無知である。私は最強の存在を目指しているので、たくさんのことを知っておきたい。最強の存在なら、なぜ日本に碁盤目の土地が多いのか知っているだろう。当然リストに加える。
棚に突き当たり、進行方向を90度変えるとそこにはブルーバックスがあった。『高校数学でわかるシュレディンガー方程式 量子学を学びたい人、ほんとうに理解したい人へ』とか『高校数学でわかる相対性理論 特殊相対論の完全理解を目指して』とか、とにかく胸躍るタイトルが並んでいる。概念としてなんとなくの理解はしているものの、数式からの理解など夢のまた夢だと思っていたシュレディンガー方程式や相対性理論、マクスウェル方程式、フーリエ変換が分かっちゃいますよというシリーズがあるのだ。驚きである。これは欲しいぞとメモに書きつける。
しかし、私の心をさらに惹きつけたのは『心は量子で語れるか 21世紀物理の進むべき道をさぐる』である。心は量子で語れるのか!?!?そうなのか!?!?!?気になるだろそんなん。「人の心が脳という物質から生まれるのなら、物理学で解明できるはずではないか!?」とあり、是非解明してくれ、そして大いに語ってくれ、と期待を込めて筆圧高めにメモをする。
これにて2階は終了である。時計を確認すると、なんと入店してから2時間が経過しようとしていた。これでフロアの8分の2しかまだ制覇していないというのだから気が遠くなってくる。しかし、文芸・文庫・新書コーナーは見終えたのだ。あとはなんとかなるだろう。
──そんな思い違いをしていたときが懐かしい。
【9】 『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』(鮎川ぱて/文藝春秋)
【10】 『体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』(伊藤亜紗/文藝春秋)
【11】 『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ,冨永星訳/NHK出版)
【12】 『暇と退屈の倫理学 増補新板』(國分功一郎/太田出版)
3階は大きく分けて「ビジネス」「社会」「就職」「人文学」のコーナーがある。まあサクッと行けるっしょと思っていたが、見通しが甘かったと言わざるを得ない。フロアマップには書かれていなかったが、「宗教」「哲学」「歴史」「社会・経済」「心理」と数多の面白ジャンルがひしめき合っている魔境が3階なのである。
まず目についたのは『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』である。私はボーカロイドが好きだ。人間の声を聞きたくないときとかによく聴く。ジェンダー論、精神分析、記号論などを用いてボカロ曲を批評しており、ハチ(米津玄師)やwowoka、DECO*27、Neru、みきとP、はるまきごはん、Orangestarなど名だたるボカロPが取り上げられている。
『体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』も面白そうである。「できなかったことがある日ふっとできるようになる」のはどういうメカニズムかを解き明かし、体の可能性を追うのが本書である。意識の外で体が動くメカニズム、自分の体のことだし気になるだろ。
ふっと隣の棚に目を向けるとでかい文字で『時間は存在しない』とあった。は!?!?えっ!?!?!?時間って存在しないんですか!?!?!?混乱のさなか手に取ると「時間とは人間の生み出すものだと、物理学者が言ったらどう思います?」とあり、えええーーーー!?!?となる。新書コーナーにてこちらに問いかけてくるタイトルに弱いと自覚したばかりの私だが、はっきり断言されるタイトルにも弱いようだ。ええ……時間って存在しないんだ……と引かぬ驚きを湛えてメモをとる。
面白そうなタイトルの本は尽きず、私は棚にへばりついてメモをとる。
宮崎駿のマンガ『風の谷のナウシカ』を思想書として読み解いた『ナウシカ考 風の谷の黙示録』、生物学的要因と社会的要因からいかに暴力的な性格が形成されるかを解説した『暴力の解剖学 神経犯罪学への招待』、あらゆる分野の専門家たちが地球外生命体について具体的かつ現実的に検討した『エイリアン 科学者たちが語る地球生命』、マンガのキャラクター造形や物語構造から視覚文化のリアルを更新する『「超」批評 視覚文化×マンガ』。
また、『人は2000連休を与えられるとどうなるのか?』と気になるタイトルもありこれは買おうとメモしていると、隣の棚に『暇と退屈の倫理学』を見つけてしまう。私は「休みはあればあるほど良い」という考えの持ち主なので、これはどちらかは買っておきたいところである。
『人は2000連休を与えられるとどうなるのか?』では仕事を辞めた筆者の実体験を1日目から2001日目まで書いているのに対し、『暇と退屈の倫理学』では退屈そのものの発生根拠や存在理由を追求し、「なぜ人は退屈するのか?」という問いを解き明かしている。
こういった暇や休みについて書かれた本は最終的に「休みはほどほどあるくらいがいい」みたいな結論に至っているという偏見を持っているので、どうせなら論理的に説き伏せられたいと思い後者の『暇と退屈の倫理学』を買うことにする。
そして力尽きた。
入店から2時間と30分。体力ゲージはとうに赤く染まっている。先程から文字を読もうとしても情報が頭に入ってこないのである。ここは戦略的撤退を考えたほうが良いだろう。米澤先生も入店から2時間でダウンして喫茶店でケーキを召し上がっていたし、米澤先生の計画を流用した私が喫茶店でケーキを食べるのはむしろ計画の一部と言えるのではないだろうか。
しかしながら東京というものは恐ろしいもので、平日でも喫茶店に長蛇の列がある。フォロワーに薦められた喫茶店を泣く泣く諦め、近くにある別の喫茶店を覗いてみると少し並べば席に座れそうだった。
少々値が張るのでメニュー表を見たときはビビったが、東京の美味しい喫茶店なんてこんなもんだろう。それより今は休みたい。紅茶シフォンの上品な甘さが疲弊した体に染みるようである。ほっと一息ついてからメモを見返し、合計金額を計算してみると4万円をゆうに超えていた。……4万?おかしいぞ?今は2万円くらいのはずなんだが、と再計算してみるものの結果は変わらす4万円超え。
やれやれ、購買意欲の困ったちゃんめ!とアメリカンに肩をすくめて、再検討にかかる。あとフロアが5つ残っていることを考えるとせめて2万円くらいには削っておきたいところだ。
この宝の山を半分削れって?冗談はよせよガール!!!
HAHAHAHA!!!!
冗談ではなかったし私はアメリカンガールでもなかったので、ウンウン唸って検討に検討を重ね、これでなんとかなるだろうとなったところで喫茶店を出た。
次に向かうべきは4階。「絵本」「児童書」「実用書」「旅行ガイド」「地図」のコーナが私を待っている。
私は単身、巨大ダンジョンへと舞い戻る。
【13】 『暗渠パラダイス!』(高山英男,吉村生/朝日新聞出版)
「地図」「旅行ガイド」コーナーは楽しい。私は旅行が好きだが、実際に行かずとも想像するだけでも楽しいのが旅行である。この楽しさ満点のコーナーで私の興味を惹いたのは「暗渠」である。暗渠、知っているだろうか。暗渠というのはもともとあった川や水路に蓋をしたものだ。水面の見えない水の流れこそが暗渠である。暗渠が持つ意味そのものにも惹かれるものがあるし、「暗渠」という語感・漢字の持つ雰囲気も素敵である。
暗渠について書かれている本は多かったのだが、私が気に入ったのは『暗渠パラダイス!』だ。『「暗渠」で楽しむ東京さんぽ 暗渠にかかる橋から見る街』とか『水のない川 暗渠でたどる東京案内』とか『東京「暗渠」散歩 失われた川を歩く』とかあるなかで、『暗渠パラダイス!』である。
タイトル一人勝ちである。表紙の色使いもタイトルのフォントもご機嫌であり、帯には「異世界へのゲートウェイ」とあるのだ。一人勝ちである。
しかし、さらに気に入ったのは作者の暗渠への真摯な向き合い方だ。
「はじめに」にあったこれを読んで、私はこの本を買うことを決めたのだ。人が何かを愛し、真摯に向き合っていることほど尊いものはない。
【14】 『迷いながら、強くなる』(羽生善治/三笠書房)
【15】 『科学する麻雀』(とつげき東北/講談社現代新書)
「地図」「旅行ガイド」のコーナーを抜けると、目の前に「囲碁」「将棋」「麻雀」「ギャンブル」といった勝負事の世界があり、飛びつく。ボードゲームはオセロとドンジャラくらいしか嗜んでいない私ではあるが興味は勿論あるのである。熟練ボードゲーマーの雰囲気を醸し出しているおっちゃんの隣に陣取り、棚を吟味していく。
まず手に取ったのは『迷いながら、強くなる』だ。羽生善治の恐れや不安を乗り越え勝ち続けるための思考法が書かれた一冊である。できることなら羽生善治みたいな大人になりたいし、羽生さんがどういう思考法を持っているのかも気になる。あと単純に、羽生さんの書いた文章を読んでみたい。「最近は色紙にサインを頼まれた時には、“玲瓏”という言葉をよく書きます。」から始まる冒頭に普通にカッケーーー!!!!と痺れてしまい、まんまとメモした。
そして、その隣の棚にあったのが『科学する麻雀』である。
帯には「『数理の力』があなたの麻雀を変える! 裏スジは危険ではない/回し打ちは無意味だ/ベタオリには法則がある/『読み』など必要ない」とあり、膨大なデータから数理的に最適解にアプローチした麻雀書籍となっている。(同著に『新科学する麻雀』もあったのだがなかなかに分厚かったため、麻雀初心者未満の私はこちらを選んだ。)
なんというか、勝負感や判断力・分析力について書かれた本の隣に、「読み」など必要ないとバッサリ切り捨てている本があることにウケてしまった。両者、どちらが間違っているということはないのだが、あまりにも綺麗に相反していたため、じわじわとツボってしまいこちらも買おうとメモに書き加える。同じようなジャンルでぜんぜん違う内容の本が陳列されているのを目撃できるのも本屋に行く醍醐味であるよなと、2冊との出会いを噛み締めて次へ向かう。
4階ラストは「絵本」「児童書」のコーナーだ。
『100万回生きたねこ』は有名な絵本であり、概要は知っているのだが実は読んだことはない。これを機に読んでおくのも良いだろうとメモする。『二番目の悪者』という絵本も目にとまる。あまり絵本らしくないタイトルである。「金色のたてがみを持つライオンは王様になりたいと思っていたが、町外れに住む心優しい銀のライオンが“次の王様候補”だと噂に聞き──」というあらすじなのだが、ざっと読んだだけでも胸が苦しくなる話だった。示唆に富んだ内容であり、さすがはグリム童話といったところである。
【16】 『ヤバいビル 1960−70年代の街場の愛すべき建物たち』(三浦展/朝日新聞出版)
5階は「コンピューター」「工学」「建築」「芸術」のコーナーがある。盛り沢山だ。
まず向かった「建築」コーナーで私は運命の出会いを果たす。そう。『ヤバいビル 1960−70年代の街場の愛すべき建物たち』である。
何を隠そう、私は“変な形をしたベランダ”が大大大大好きなのだ。ページを捲る度に現れる“変な形をしたベランダ”によだれを垂らしながら本をリストに加え、絶対に買おうという決意を込めて目印にでかい黒丸を打っておく。
「芸術」コーナーでは、エンタメ作品のロゴデザインを約500点掲載した事例集『アニメ・ゲームのロゴデザイン』をメモして、「工学」「コンピューター」のコーナーに移動する。
【17】 『ロボット工学者が考える「嫌なロボット」の作り方 ヒューマンエージェントインタラクションの思想』(松井哲也/青土社)
まず「工学」「コンピューター」の新刊・話題書コーナーに目を向ける。
美少女Vtuberのルポルタージュ『メタバース進化論―仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』、国内外の偉人AIに質問し新しい視点や解決策を提示する『AIが「答えの出ない問題」に答えてみた』など、なかなか面白そうなタイトルが並んでおり、順にメモしていく。
「工学」コーナーで手に取ったのは『ロボット工学者が考える「嫌なロボット」の作り方 ヒューマンエージェントインタラクションの思想』だ。「ロボットはきちんと操縦できる方がいい」「AIは正しい答えを導いてくれる方がいい」といった常識を打ち捨て、「他者」としてAI・ロボットに対峙しようとしているのが筆者だ。「本当にわかりあえるのか。わかりあってしまっていいのか。」とあり、筆者のロボットへの向き合い方が良いなと思った。
他にも近くにあった、「知能の源は環境との相互作用にある」という仮説を自作したムカデロボットと共に実証しようとする『知能はどこから生まれるのか? ムカデロボットと探す「隠れた脳」』も気になり、2冊ともメモする。
また、「AI」コーナーにも面白そうな本がたくさんあった。『人工知能が俳句を詠む AI一茶くんの挑戦』の帯には「かおじまい つきとにげるね ばなななな」から三年、「宙吊りの 東京の空 春の暮」まで進化したと書かれており感激してしまった。シンギュラリティも遠くないのかもしれないな、と未来に思いを馳せリストに加える。
【18】 『量子学の多世界解釈 なぜあなたは無数に存在するのか』(和田純夫/講談社)
6階が有するのは「医学・看護・介護」「自然科学」のコーナーである。
すでに階下でメモした『超圧縮 地球生物全史』や『宇宙思考』、『エイリアン 科学者たちが語る地球外生命体』といった面々はスルーしていく。
すると「量子学」のコーナーで『量子学の多世界解釈 なぜあなたは無数に存在するのか』を発見。なんとブルーバックスである。私としたことが2階の新書コーナーで見落としがあったらしい。こんな面白そうな本を見逃していたなんて私の疲労も相当だったようだ。
帯には「私が本を読んでいるとき、居眠りする私も同時に存在する」「SFのような世界がなぜ『必然』なのか?」とあり、ワクワクしてくる文面である。私はSFのなかでも多世界解釈がめちゃくちゃ好きなのだが、学問として理解しているとは言い難い。量子力学は難しそうだが、謳い文句に「誰にでもわかる」「量子力学入門の最高傑作!」とあるのでなんとかなるだろう。なんとかならなくてもこういうのは雰囲気で読めたりするもんだ、と意気揚々とメモしていく。
また、棚を少し移動すると『魚は数をかぞえられるか? 生きものたちが教えてくれる「数学脳」の仕組みと変化』のような生物学の本もある。また問いかけられちまったな、とこちらもメモに書き足す。
残るは7階の「語学」「辞書」「参考書」と、8階の「コミック」のみである。頂上が見えてきたが、このときすでに18時を回ろうとしていた。夜はフォロワーと飲みに行く約束があるので、そろそろ何を買うのか最終決定を下さねばならない。思いがけず、時間制限まで発生してしまったので先を急ぐ。
結論から言うと、7階と8階でメモした本は選考外となったため、簡単に書かせていただく。
まず7階でメモしたのは、最大画数64画以下32画までの21字をなぞり書きできる『なぞり書きで脳を活性化 画数が夥しい漢字121』と、英語表現の謎や成り立ちを解き明かすアカデミックエッセイ『世にもおもしろい英語 あなたの知識と感性の領域を広げる英語表現』。
8階でメモしたのは、『言葉の獣』と『千と夏の夢』で、どちらも鯨庭先生の作品だ。『言葉の獣』は、人の発した言葉を獣として見ることでその言葉の真意を捉える共感覚の持ち主・東雲と、言葉が好きで詩に強い関心を持ちながらもそのことに向き合いきれていないクラスメイト・やっけんの物語だ。『千と夏の夢』は伝説の生物と人との関わりを軸に描かれる物語である。どちらも読んでみたいと思ったのだが、どうせ買うなら重い本を買おうと思い選考外となった。
こうして遂に、巨大ダンジョン・紀伊國屋書店新宿本店の頂上に至ったのであった。長文noteをここまで読んだ読者諸君の感動もひとしおだろう。
これまでに多くのタイトルを挙げたが、購入したのは【】がついている大文字の18冊となっている。合計2万7291円となり、予算内に収めることができた。一種の奇跡である。
ちなみに余談になるが、知っているだろうか?
紀伊國屋書店で税込み購入金額が8000円以上になると送料無料か無料紙袋になる。ラッキー!(家まで送ってもらうのも考えたが、これから会うフォロワーに買った本を見てもらいたかっため紙袋を選択。当然、一つの紙袋には入り切らないので二つに分けてもらった。)
みんなも紀伊國屋書店で本を大量購入して、送料無料か無料紙袋をゲットしよう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
書店を出た後フォロワーと合流し、ご飯を食べながら購入した本を見てもらったのだが、これがめちゃくちゃ楽しかった。
表紙を見せた途端にいい反応が飛んでくるし、「それが好きならこの本も」とか違う本を勧めてもらえたりするのだ。ものすごく楽しい夜だった。
下記はおすすめしてもらった本・話に出てきた本である。アルコールが入った頭でメモを取ったので違ったり抜けがあったりしたら申し訳ない。
・『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』(カルロ・ロヴェッリ,冨永星訳/NHK出版)
・『ローンガール・ハードボイルド』(コートニー・サマーズ,高山真由美訳/早川書房)
・『ウクライナ戦争』(小泉悠/ちくま新書)
楽しかった………………(余韻)
今回は単独で本屋を探索したが、友人と一緒に行って選んだ本を見せ合ったりするのも絶対に楽しいと思う。みんなも巨大書店に行って好き放題に本を買ってみてほしい。この遊び、財布には悪いが健康にはめちゃくちゃ良いぞ!そしてなんといっても楽しい!!
ただ、巨大書店の棚を全部まわろうと思うと莫大な時間が必要になるので気をつけよう。私は13時頃に入店して店を出たのは20時だった。休憩時間を差し引いても単純計算で6時間はいたことになる。
体力と精神力が試されるのが東京の巨大書店であると、思い知らされた3月某日であった。
「巨大ダンジョン〈紀伊国屋書店新宿本店〉で好き放題に本を買うのはめちゃくちゃ楽しい。」
買った本を収納する本棚がない愛すべき自室より。
終わり。