「ゼロリスク社会」の罠 佐藤健太郎 著
近年になって組織運営において「コンプライアンス」の項目は特に敏感に取り扱われている。社によっては社内にコンプライアンス専門の部門が設置され、どの企業もコンプライアンスの遵守を徹底している。コンプライアンス違反が明るみになり、メディアからのバッシングを受け、一般消費者の客離れが起きてしまうといった問題もいくつも発生している。
そうした一企業が起こした不祥事がメディアによって拡散され、不祥事の程度の大きさはさておいて、過剰ともいえるバッシングを浴びるのが今の日本だと思う。この本ではこうした現状に対する分析的な見方を与えてくれる。
現在日本はリスク管理にがんじがらめにされている。消費行動ひとつとってもリスクを考えるようになっていて(野菜の残留農薬、食品添加物など)、企業側もそれに応えるように極力ゼロリスクであることを販促においてPRしているが、そのリスク評価自体も眉唾物である。
何がどの程度含まれていて、どの程度摂取することにより、どのような健康被害が出るのかという数字をベースにしたリスク分析を「定量分析」と呼ぶ。一方で、健康被害を起こすであろう物質が含まれているかいないかといった点でリスク分析を行っているのが「定性分析」だ。もちろんリスク分析の厳密さは定量分析の方が高く、定性分析はリスクの有無を断定する要素にはなり得ない。しかし実情は定性分析によって、いやただ単に消費者のイメージによって、リスクがあると判断が下されている。
本書ではリスク認知因子として以下の10項目を挙げている。
①恐怖心②制御可能性③自然か人工か④選択可能性⑤子どもの関与⑥新しいリスク⑦意識の関心⑧自分に起こるか⑨リスクとベネフィットのバランス⑩信頼
全ての詳しい内容は割愛するが、私が特に印象に残ったのは③自然か人工かについてだ。
最近、健康食品をはじめとして「オーガニック」といった謳い文句が目立つ。オーガニックというだけで消費者は自然=安全なものという認識を生み、販売者側は安全を担保に価格の引き上げをできる。こうしたWin-Winな構図はリスク認知因子をうまく利用したテクニックである。
よく考えると自然界にも毒性の高いものはたくさん存在する。身近なものだとフグやキノコが挙げられるだろう。にもかかわらず、食用禁止とはならないのは「自然」なものは安全だという人間の認識があるからだ。(ちなみに現時点でこうした食品が発見されれば、フグ、キノコはもちろん、ジャガイモすら流通禁止になるという)
いかに人間が持っているバイアスによって世の中は歪曲されているのかがよくわかる本だった。だからこそ本質を見抜ける知識が必要だし、悲しいかな本質を見抜けない人が一定数いることもしっかり認識しておかなければならない。
と言いつつも、酒と聞けば飲みたくなるのに、エタノールと聞けば飲みたくなくなる自分もそのバイアスに支配されていることをふと痛感した次第である。