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異世界(転生もの)

新作書き始めましたー。

一度やってみたかった、異世界転生ものです。(ただし記憶はあいまい)

1話のみアップ。

完成したら某所に移します。

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01


 ノルは井戸汲みを頼まれた。
 早朝のことである。
 まだ七歳のあどけない少女に鶴瓶はずいぶん重かったが、妹はまだ四歳だ。父親は仕事だし、母親は家事で手が離せない。
 ノルがやるしかない。
 井戸から水を汲み上げているとき、ふと、思った。
 ――まるで江戸時代みたい。
 エドジダイ、知らない言葉だ。
 今だけではない。
 つい最近も「あれ、学校は?」と言った。
 言ったノルもポカンとしたが、言われた母親もポカンとしていた。ガッコウ、なんて聞いたこともない。
 モクゾウ、ビンボー、ブッチャケ、知らない単語がふっと浮かんでは消えていく。
 最初は、自分にも前世の記憶があるのでは? と思った。
 ――前世。
 この国では、五歳になると全員、前世について聞かれる。覚えているのかいないのか、貴族はもちろん庶民や孤児に至るまで、ひとりとして欠かすことなく質問されるのだ。
 何故なら、ひとりでも多くの《メーカー》が必要だから。

 メーカー。
 それは《オーブ》を造る者。

 オーブは、基本的にどこにでもある。
 ノルは知らないが、父親の職場でももちろん、町にある街灯や公共の施設――貴族の家にも、必ず存在する。
 オーブは原動力だ。そして、それ自体が力を持つ。
 ノルの家にもむかーしひとつだけあったが、使い続けた結果小さくなりすぎて、最終的にパキンと割れた。以降、新しいものは目にしていない。
 オーブは高価だ。
 よって、それを生み出すメーカーは高給取りである。
 メーカーは魂を使ってオーブを造る、と言われている。ゆえに、若い魂では歯が立たない。だからこそ、国はわざわざ国民全員の前世について、確認するのだ。
 古い魂は良質な、莫大なエネルギーを持つオーブを生み出すから。

 そんなわけで、ノルも例にもれず五歳になると大きな建物に連れていかれ、前世について聞かれた。だが、当時は何も思い出せなかった。
 いや、今だって知らない単語がふと出てくるだけで、これが前世なのかどうなのかさえわからない。
 わからないから、こうして井戸の水を手作業で汲むしかない。重い、重すぎて泣きそうだ。
「うぅ……あたしがメーカーだったら、すぐに水のオーブ造っちゃうのにぃ……」
 そうして、家の中でドバドバ水を使ってやるのに。
 現実は非情である。
 恨みごとを吐きながら、歯をくいしばるしかない。
 七歳といえば、立派な労働力のひとりだ。
 井戸の周囲にある森の恵みを採取したり、共同畑の手伝いをする。
 ――オーブさえあれば。
 ノルだけではない、近隣住民みなの願いだった。

 そんなノルが九歳のとき、水不足が起きた。
 突拍子もなさすぎて「は?」となる話だが聞いて欲しい。
 井戸が枯れたのだ。
 ノルの恨みつらみ、果ては叫びまで無言で聴き続けてくれた井戸が、枯れた。
「ファッ!?」
 ノルの家は貧乏である。
 近所の悪ガキにからかわれてビンボーの意味がやっとわかったが、その日その日をやっとの思いで暮らしているのだ。
 畑の実入りはそれほど多くない。
 日々の食事にも事欠くせいで、ノルの身体はガリガリに痩せこけている。
 それはともかく。
 森の恵みも少なく、畑は干上がり寸前で食料がほとんどない。
 水のオーブもない。
 そんな中で、井戸の水がなければどうなるか――死、のみである。
「そんなの嫌ぁあああああああ!」
 涙目で叫ぶが、井戸の水は一滴も増えない。落とした鶴瓶が底のほうで乾いた音を立てるだけである。
 つらい。
 井戸の周囲には、ノルと同じく貧乏な人たちがチラホラ集まっていた。
 誰もが井戸の底を除いては、見えない底に希望を抱き、鶴瓶を落として絶望している。
 ひとり来ては顔を真っ青にし、ひとり来ては肩を落とし、重い足を引きずるようにして帰っていく。
 ノルも水場を探して辺りをウロついてみたが、川があるならとっくに畑に水路をひいていたに違いない。それこそ、畑が干からびかける前に。
 井戸の周辺で生い茂っていたはずの雑草さえ、枯れはじめている。乾いた土が、不吉にもひび割れかけていた。怖い。
 落ちていた木で地面を掘っても、ガリガリと音がするだけで水の気配は全くない。乾いた土埃が立ってむせた。
 つらすぎる。
 せめて、私がメーカーだったら。
「今すぐオーブを造るのに……!」
 かつて家の中で見た、小さな小さなオーブ。ちょっとずつ、大事に大事に使い続けて、やがて小さくなりすぎて、割れた。
 ビーズみたいな、小さなサイズの水色の――。びーず?
 しゅううう、と目の前の空気が圧縮されていく、ような気がした。
 目の前に、水色の小さな小さな玉が浮かんでいる。
 《オーブ》だ。
「えっうそ、嘘ウソうそ!?」
 強力なオーブは大きい、らしい。近所の悪ガキその二が言っていた。
 確かに、家のオーブも使うたびに小さくなっていったのだ。
 そう考えると、目の前に現れたのは、うんと小さくて弱そうなオーブだった。コップ一杯分の水も取れるかどうかわからない。だけど。
「それでも、水……!」
 喜んだノルが「水、水」と言いながらオーブを掴むと、水がどぱぁっと勢いよく出てきた。
「え?」
 オーブから出てきた水が、手にしていた運搬用のおけを一瞬で満たし、外に溢れ出して水たまりを作っている。
「え?」
 おかしい。
 いくらなんでも、これはおかしい。それでも水は止まらない。「省エネ」という単語が思い浮かぶが、意味がわからない。
「え? ま、止まっ、止まって止まって止まってぇえ!」
 叫ぶとピタリと水が止まった。
 恐る恐る握り込んだ掌をあけると、サイズがちっとも変わってなさそうなオーブがあった。
 いや、小さすぎて、サイズの変化がわからないのかもしれない。
 重くなりすぎた桶を持ち上げて、「こんなことなら家でやれば良かった」と心底思った。嬉しいけど重たい。
 水を運びながら、(あれ、これもしかして近所の人に見つかったら駄目なやつ?)と気付いてからは、周囲を警戒しながら進んでいく。
 貧乏仲間は目ざといのだ。
 そしてたぶん、ノルのオーブはバレるとヤバい。たぶん、だけど。でも、バレたくない。
 そうだ、井戸を満たしてしまえば隠れずにすむ――帰りすがら、こっそり井戸を覗きに行った。
 しめた、誰もいない。
 井戸の上で、小さすぎるオーブを指先でつまむと、蛇口、とこれまた知らない単語が浮かんだ。
 頭の中に、綺麗な色をした上下に動かす棒のようなものが浮かぶ。ジャグチだ、とわかった。
 それに、使い方も。
 頭の中で、棒、もとい水栓レバーをあげると、オーブの周辺に水が渦巻き、どぱぁッと勢いよく溢れ出した。すごい勢いだ。そりゃあ桶が一瞬で埋まるはずである。
 怒涛の勢いの水があっという間に井戸を満たしたのを確認して、頭の中の水栓レバーをさげた。
 水がピタリと止まる。
 勢いがよすぎて、井戸から水がドバドバ溢れてしまった。サンダルが濡れてグショグショだ。
 井戸の周囲は、溢れた水が染みて土の色を変えている。
 オーブのサイズは相変わらず小さい。だけど、つまんでいる指先の、感触の変化は感じられない。
「これ、あかんやつや」
 ポロリと言葉が出た。
「あかん」の意味はわからなかったけど。

 水、とくれば火だ。
 畑の後のかまど仕事を、少しでも楽にしたい。
 オーブは簡単にできた。真っ赤な玉だ。ただし、めちゃくちゃ小さい。
 母親のいない隙に試そうとして、寸前でやめた。井戸を思い出して欲しい。あんなことがかまどで起きたら、ただの悲劇だ。
 火の勢いが良すぎて家が消し炭に、なんてちっとも笑えない。
 家は簡単に建て直せないのだ。
 試しに、風、土、雷、重力など、思いつくものをポンポン造っていった。
 そして、ノルは色んなことを勘違いしたまま十歳になった。
 

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