私はスーツが嫌いだ

 新卒で入った会社での勤務を続けて、現在7年目になる。

 弊社は入れ替わりが激しい。正直、1年目が終わるころには同期が半分の人数になるのがお決まりという会社だ。
 よって社員としての本番は2年目からであり、いわゆる「華の2年目・3年目」という感覚が私にはあったし、今になって振り返ってみてもそれは間違いではないと思う。白いふわふわしたコートを何の抵抗もなく買えたあの私は、正しい若さを持っていた。

 そんな型通りの女性社員のつもりだった私が、「お前だけは違う」とある先輩に言われたのは4年目が始まった春のことだった。

 新卒で入社してからというもの、私は平々凡々な大人しい若手社員をしていた。もともと明るくはっきりとした雰囲気でもないし、口下手なので自己主張にも苦労するタイプだ。自分に自信はないし、会議で前に立って発表するようなタイプでもなかった。
 一般職ではなく総合職で入ったので、いわゆる旧女性的な性質を求められることもない。それでも女性であることでホモソーシャルの強くなりがちな社員間でもある程度守られ続け、職業柄ある程度女性らしい立ち回りを期待され、期待に応え続けた(これは決してセクハラや性別による差別ではない。そういうものが必要な職種だからだ)。

 職種柄OLとは言えないが、それに近い心持ちでいた。良い意味で集合体のone of themでいた自覚があった。良い意味で無個性で、良い意味で薄く可愛がられ、良い意味で特別なものなど持たないと思っていた。前述したが2年目の冬には何の気兼ねもなく真っ白なコートを買い、女性の先輩に「若いって良いね」と言われたりもした。上司の蒸発により当時職場は2年間ほどたいへんなことになっていたのだが、天災のようなものであり、私はその中で必死に生きているだけにすぎなかった。特別な手腕を発揮したようなこともない。

 「お前だけは違うからな!!」
 そんな自己評価を、3年目の終わった春の懇親会で覆された。

 "普通"でいたつもりだったのだ。同じエリアの中に同期の女の子は他に2人おり、私はその2人とほとんど変わらない扱いを受けていると本気で思っていたし、ほとんど変わらない言動をしていると本気で思っていた。実際、していたと今でも思う。
 その言葉を言い放った先輩は他の小部署の上長で、私とは長い付き合いも深い付き合いもなかった。私のパーソナリティを開示したこともなく、ただそういった会議や研修・懇親会の場で同じ空間にいるだけの存在だった。お互い、そうであったはずだ。

 (なのに、なんでバレたんだろう)
 その時、私は無意識にそう思っていた。

 私がもはや"普通"だと思っていることが周囲には"普通"でないことがある。
 私はスーツが嫌いだ。就活生が鋳型をはめたように同じスーツを着て同じパンプスをはき、黒髪をまとめ、地味なメイクをしているのを見ると気持ち悪くなる。まぁ、自分もそうだったのだけど。
 働き始めてそう長く経たないうちに、私は常に欠かさずネイルをするようになった。「仕事中に自分の好きなものが、自分らしさが見えなくなるのが耐えられない」という理由だった。派手にしすぎて男性の先輩に注意されたことも何度かあった(それまでさぞ我慢してくれていたのだろう)。

 私はスーツが嫌いだ。嫌な状況を打破するためにとる行動はいつだって"自己主張"だった。中1でスタートダッシュに著しく失敗し、クラスに馴染めず陰口を言われていた時に私が取った行動もそうだった。私は、胸ポケットに常時入っている生徒手帳のカバーに穴を開けた。そこに、当時ガチャガチャで出ていたFrog Styleのキーホルダーをじゃらじゃらとつけた。丸々としたカエルを5,6個は付けていたんじゃないだろうか。
 当然、それは目立った。私なりの自己主張だった。今思えば、入学したての1年生がそんなものを付けていたら先生なら注意するだろう。されなかった。自分がその行動をとったきっかけや理由も、今ではよく分からない。ただ、実際そこから状況は好転し始めた。

 私はスーツが嫌いだ。茶色のトレンチコートが嫌いだ。黒いヘアゴムが嫌いだ。自分が好きな自分でありたい。自分の好きなものを常に身に着けていたい。私が私でないものを身に着けることが、気持ち悪い。

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