本を出したい女の話⑤
少し私の話をしていいかな。
私はとにかく恋愛がうまくいかない人間だった。自他共に認めていた。友人関係も職場の人間関係も自分の夢を叶えることもめちゃくちゃ円滑に回るのにとにかく恋愛が下手。もはや意味がわからん。
そこで深掘りすることにした。恋愛が始まると生まれるエゴや執着や嫉妬心。拗れまくった紐を解かなければ今後私は愛する人と幸せな時間を過ごせない。そんなのは嫌だ。やるしかない。
恋愛じゃなくても誰しもこれは苦手なんだよな〜というものはあると思う。そしてそれは過去、子供の頃の環境に影響されてることが多いみたいだ。
我々はこの世に生まれて、きっと愛でられながら0歳児を謳歌したと思う。そこから自我が芽生えて怒られることも褒められることも増えて、家の中だけではなく社会に放り出される事となる。
私は考えた。はて?どの段階で恋愛に苦手意識が生まれた?何か傷を負ったのか?どれだ?と思いつく限りのことを走馬灯のごとく思い出した。
私の記憶によると幼稚園のときの傷はない。むしろ周りに可愛い可愛いと言われながら育った。
しかし小学生になってからはあれよあれよと出てくる。親は常に喧嘩をしていた。真夜中に聞こえてくる2人の怒鳴り声が、まだ幼い私の胸を締め付けた。意を決して、私が顔を覗かせることで少しだけ収まるその騒音。ただただ仲良くしてほしいと願う子供心とは裏腹に、しばらくして離婚した。物心がつく頃には同級生の男の子に体型を馬鹿にされて、反抗したらいじめに遭った。日々、上靴には砂やら落ち葉やらが入っていたし、机の中に給食の残飯を入れられて教科書がベタベタになったことも、殴られ続けて腕があざだらけになったことも、後ろから常に消しゴムのカスが飛んできてたこともある。習い事を途中で投げ出したことも、受験校のランクを下げて親を悲しませたことも、今思えば全部全部ぜーーーんぶ自分の心に鎧を纏うには十分過ぎるほどの傷だった。
大人の私が過去の事だと忘れていた事まで本当は傷としてずっと心のどこかに残っていた。私が恋愛下手なのは両親の離婚から来る相手が急に居なくなる不安と、自分を曝け出すとまた攻撃されるかもしれないという恐怖から、相手を信じられず常に相手からの愛が伝わってこないと不安で自ら逃げたくなって。私が依存し過ぎるか一線を引いてしまうかでバランスを崩し壊れていたことに気が付いた。誰に対しても、瞬時に相手の表情で気持ちを察し、嫌われないように、怒られないように、自分の感情を抑え、ヘラヘラと取り繕うことで自分の心を守っていたことにも気がついた。
そうすることだけが、幼い無力な私が自分の安全を確保できる唯一の手段だったのだ。
あなたは自分の中に蓋をしている傷や痛みはないだろうか?そこに気がつくことが、自分の苦手を克服する鍵となるかもしれない。
10歳までに人生の判断基準が決まると言われてる中で、その頃の子供にとって親は全てだ。愛も価値観も正しさも親を通してでしか知ることが出来ない。親も1人の人間。その時々の葛藤がありながらも我が子に幸せになってほしいと最善を尽くして育ててくれたはずだ。親から与えてもらったどの教えも、親の期待に応えたいと思う子供ながらの努力も形は違えど、どちらも愛なのだ。
しかし、この期待に応えたいと思う気持ちこそが生きづらさの根源となる。こうしたら喜んでくれるだろう・これを選んだら悲しむだろう・頑張って成果を出したら褒めてくれるだろう…など、子供からも親への無償の愛があるからこそ、無意識に自分ではなく親の価値観で人生における選択をしてしまう瞬間が幾度となくある。
親から教えてもらった価値観が良いとか悪いとかではなく、自分が大人になった今、大切にするべきことは、フラットな目線で世の中を見渡すこと。自分の人生に責任を持って、自分の意志で決断すること。その積み重ねが自分の自信に繋がる。大人になるにつれて必要なのは自分を卑下することでも頑張り続けることでもなく、過去の環境で植え付けられた価値観を解放することだと私は思う。
きっとみんなそれぞれに痛みや悲しさを抱えて生きてるはず。私だって周りから見たらそんな過去があるなんて誰も想像できないだろう。見せてないだけ。みんなそうだよね。
『あなたは1人で生きていけそうだよね』と言われやすい人ほど、優しくてか弱くて本当は誰かに寄りかかりたくて。それを見せないように涼しい顔して頑張らなきゃ強くならなきゃと思って独りで涙してる夜があると思う。
でも大丈夫。世界は広い。あなたの事を大切にしてくれる人たちがこの世界にはたっくさんいるから。この足で世界を旅して身をもって経験してきたから私が保証する。あなたにとって心地よく、愛の溢れる空間が絶対にある。だからもう安心して過去の痛みは手放していいよ。じっと耐え忍んでいた季節はもう終わり。温かさに包まれるような幸せな未来は、あなたが手を伸ばせば届くところまできているよ。
人生はなるようにしかならない。
先日、名前・生年月日・生まれた時間などから人生の流れを見る占星術というものを受けた。
人生には周期があって12年で一周するらしい。
山あり谷ありみたいな感じだ。良い時悪い時と表現されるのかもしれないが私の解釈としては、俗に言う悪い時は良い時へ向けてのバージョンアップ期間。確かにしんどいことも辛いこともあるかもしれない。でも確実にその経験がステップアップさせてくれる。それを私のこの12年が証明していた。
占星術で見せてくれたグラフが私の人生そのものだったのだ。ぴったりと過去とその表が一致していた。その瞬間に、ああもう生まれてこの名前を授かった時から私の人生は決まっていたんだと腑に落ちた。そうなると起きることや出逢う人全てに意味があって起こるべくして起こっていたんだと思えた。
ネガティブな感情が、新たな可能性に繋がる光と、高みを目指す原動力を生み出してくれるおかげで、人生はより良くなっていく。
ということは、自分が育ってきた環境で起こった悲しいことも嬉しいことも、全部幸せになる為の試練や経験。とっても大事な神様からのギフト。
あなたは一寸の狂いもなく、幸せになる道を歩んでいる。闇があるから光が差す。太陽があるから月が輝く。だからどんな時も自分を抱きしめてあげよう。
過去の傷を癒して、自分も周りも許すことが自分に愛を循環させる方法の2つめ。
とは言え、たまに外へ出ると不覚にも傷を負うこともある。それは巻き込み事故だ。こちらの問題ではない。はいはい、これも幸せへの過程ね。と思っておけばいい。
…余談だが、占ってもらった時、何か前世から持ってきてるトラウマがあるね〜恋愛かな?相当悲恋だったのかもしれない。だからその傷が疼くのかもね〜と言われた。こんなに色々紐解いたのに私の恋愛下手は前世かららしい。笑うしかない。
だから過去と向き合ってもなお改善できない場合は前世のせいにすれば良い。
『前世の私やってんなー★』と思っておけば無駄に傷付かず心の平和が保たれる。