生まれて初めてお芝居に行ったときの話
「生まれてはじめて」という代名詞のつく瞬間は、「はじめて」という言葉が擦り切れた靴底みたいになるほどたくさんあって、そういうもので今の私は作られているんじゃないか、と思う。
昨日私は、生まれてはじめて、自分がアルバイトしたお金で、自分が観たいお芝居のチケットを買って、一人で劇場に行って、生のお芝居を観た。
今までの人生の中で、生のお芝居自体はコントと、それから招待していただいたものをそれぞれ一回ずつ、体験したことがある。
ただ、自分でチケットを買って生のお芝居を観に行ったのは昨日が初めてだった。
(これはちょっと劇団員としてどうなのかと思われてしまうかもしれないのだが、私が本当に初めて観た演劇は正真正銘劇団ノーミーツの「門外モラトリアム」である。)
大学に入って演劇に関する講義を「単に面白いから」という理由でたくさん取ってはいたのだが、実際に劇場に自分が買ったチケットを握りしめていくのは、はじめてだった。
実を言うと、かなり、緊張した。
元々どちらかというと緊張しいなのだが、とにかく緊張した。「生まれて初めて」ってこんなに緊張するのか、とびっくりした。思い返すと最近私は「生まれて初めて」を全然やっていなかった。
私はこんなに緊張したのに「アナと雪の女王」のアナは自分の生まれて初めてについてわくわくで歌をうたっているので、アナはすごいと思う。
観に行ったのは「BETRAYAL 背信」。(せっかくの機会だったので『むこうのくに』でご縁のあった鍜治本さんが出演していらっしゃったside-Bを選んだ。)
ピンターの作品を去年と今年の講義で何度か取り上げる機会があったのだけど、自分にはかなり難しくて、なんとなくとっつきにくい印象があったのだけど、その作品を生で観たらどう感じるのか興味があったのだ。
でも、正直そんな余裕がないほど、揺さぶられたお芝居だった。
概要と時系列だけ頭に入れていったはずなのに、途中から座ってる感覚もなかった。まるで丸呑みにされたみたいだった。
それは溢れんばかりの感情だった。
普段私がレポートを書くために読み、調べ、考察する余裕のある録画された演劇とはまるっきり違った。
始める前から始まっていた。流れている曲のいくつかを知っていて、帰宅する途中の電車で、あの時から幕は上がっていたと気づいたとき、背筋が伸びた。そしてまた、終わった後も続いていたような気がする。まだ、私はあの席にいるんじゃないかと思ってしまう。
握りしめたハンカチは観終わったあと、手の中でしわしわになっていた。
帰り道、自分の感情の制御ができなくて、5分ほど泣きながら歩き、そしていろんなことを考えながらそのまま都内をぐるぐる歩いた。
誰もが言うように、まさしく愛の話だったのだと思う。
正直なところを言うと、このことについて語るうえで私は若すぎるのだと思う。自分の中にある、自分がまだ見つけてない気持ちの蛇口をあのお芝居でめいっぱい開けられてしまったような心地がする。でもそれは決してマイナスなことではなくて、新しい絵の具を開けるような、まっさらさがあると思う。不倫のお話でまっさらな感覚を持つなんてなんだか変な感じがするが、『BETRAYAL 背信』は私にとってはまっさらで激しい愛のお話だったのだ。
お芝居のずるいところは、何度観ても面白いところだ。リモート演劇も、生のお芝居も、配信される演劇作品も、そのたった一度きりだからこそ面白いのだ。たぶん。ちょっと人生に似ている。
本当はもう一度観たいし、side-Aも観たい。何度観ても感じることが変わりそうでわくわくする。なんなら数年後の自分にも観てほしい。たぶん年代や経験や、いろんな人の人生によってすごく変化する物語なのだと思う。
生まれて初めて自分でチケットを買って観に行ったお芝居が『BETRAYAL 背信』でよかったと思う。緊張したし、すごく難しかったし、たぶん初めて買うものとして適切だったかどうかは正直自信がないけれど。(演劇を学ぶ友人にはびっくりされた。)観たことで景色が違って見えたし、元気が出た。
観に行って、本当に良かった。私はやっぱり生のものが好きだし、物語が好きだし、ひとが好きだと、実感できた。
だからこそ今、自分が取り組んでいるものが、誰かの好きに繋がるものであってほしいし、誰かのすきを掘り出せたらいいと、思っている。
蛇足
(本当は、登場する3人に対して感じたこと、思ったこと、発見、考察などなど、あとから沢山湧き出てきたし、たくさん考えたのだけども、言葉にしてしまうと本当に自分が感じたことと少し違っている気がして書くことができなかった。そういう意味でもやっぱりお芝居は生ものだし、面白い。自分はまだまだ未熟だし、もっともっと伝わるように書けたらいいと思う。なんだかいつもラブレターみたいになってしまうので。)
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