九月著『走る道化、浮かぶ日常』感想。"変なパン屋が増えますように"
九月くんの著書、『走る道化、浮かぶ日常』を読んだ。本書を通じ、この世にまた少し平和になった。ページをめくるたび鳩が一羽、また一羽と羽ばたき、読み終わる頃にはひと握りの愛と大量のフンだけが僕の手元に残った。
"変なパン屋が増えますように"
ーこれはもう、本当に勝手な願望ではあるけれど、変なパン屋は無自覚に変なパン屋であってほしい。
自分の届けたいパンを追求した結果、変なパン屋になっていてほしい。
地域の人に愛され、笑顔の溢れる食卓を演出したいと、心から願っていてほしい。
一切の妥協なく、ただまっすぐ、パンにだけ情熱を注いでいてほしい。
卒業式の日、隣家の幼馴染から体育館裏に呼び出されてほしい。頬を赤らめ、緊張と不安で押しつぶされそうなその人を気にもとめず、パンを作っていてほしい。
大切な記念日のディナー、ホテルでひとりポツンとアナタを待つ恋人の存在なんて、すっかり忘れていてほしい。パンを作っていてほしい。
愛する人を失っても構わない。そんな覚悟で、パンを作っていてほしい。
敬愛するパン職人に弟子入りし、寝る暇も惜しんでパンを作っていてほしい。
幸せを具現化したようなパンに囲まれ、イースト菌と向き合い続けてほしい。
本当の食パンとは何かを知ってほしい。本当のクリームパンとは、メロンパンとは、カレーパンとは、何かを突き詰めてほしい。
余計な工夫なんて必要ない。奇をてらうなんて以ての外。
みんなが知っているあの香りこそ、味こそが本当においしいパンだと気付いてほしい。
そうして君は、ようやく自分の店を開く。
看板にはただ三文字、「飲食店」とだけ。窓ひとつない店内には、パンだけが並んでいる。
動物を模したパン、とりあえずジャムを詰め込んだパン、唐揚げパンを筆頭に、惣菜パンが所狭しと。
見たことあるけど、あんまり手に取らないパンばかりが並べられた店内。
横道に逸れることなく、全てを犠牲にした先に、変なパン屋を開いてほしい。
受け入れる準備はもう、できている。