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クリエイティビティの落とし穴


アイデアは「新しければ新しいほどいい」とは限らない

 どうすればクリエイティブなアイデアが得られるのかについては,多くの心理学研究があります。たとえば,関西学院大学の大塚氏と共同研究者らは,テントの中にいると創造性課題の成績が上がるぞ (大塚 他, 2022) という結果を報告しています。講義室にテントを張って,屋内でもテント効果があることを示したというのですから,研究自体もクリエイティブですよね。

 新しく,クリエイティブな,そしてイノベーティブなアイデアは,「当然いいものだ」と思われているように思います。しかし果たして本当にそうでしょうか。

 たとえば,あなたが社内から提案された研究開発プロジェクトを選定する役割だとします。あなたはどんなプロジェクトを承認するでしょうか? 斬新なアイデアによる,極端にクリエイティブなプロジェクトを承認するでしょうか? それとも,それなりにクリエイティブなところもあるなというくらいの,「やや新しい」プロジェクトを承認するでしょうか?

 この問いに,インペリアル・カレッジ・ロンドンのクリスクオーロ氏たちは,企業におけるプロジェクト選考の実際のデータから答えを示しています (Criscuolo et al., 2017)。

 ターゲットにしたのは,40カ国以上で事業を展開していて,数千人のエンジニアを抱える某企業というのですから,なかなかの規模ですね。この企業では,創業以来,研究開発のための資金を確保し,配分し続けてきているそうなので,研究開発プロジェクト選定もかなり上手なはずです。研究者たちは,この企業のプロジェクト選考会議に参加させてもらい,選考プロセスを観察しました。

 その結果,プロジェクトの新規性が低い場合には,当然のことながら不採択になりやすいことがわかりました。新規性がないのですから,研究開発とは言えないということでしょう。ここまでは想像通りです。

 しかし,なんと,新規性が「高過ぎる」場合にも,プロジェクト提案が不採択になりやすかったのです。新規性と資金獲得額には逆U字型の関係があり,最も多くの資金が分配されるのは,新規性が中程度,そこそこの新しさがあるくらいのプロジェクトだったというのです。

 どうやら,研究開発プロジェクトを審査するのに慣れた審査者でも,新しすぎるアイデアはなかなか評価しにくいもののようです。地動説を唱えたガリレオや,進化論を唱えたダーウィンがなかなか受け入れられなかったのも,当時その考えが「新しすぎた」からでは?というふうに考えることもできるかもしれません。


不確実なときはクリエティブなアイデアにネガティブになる

 新しいアイデア,クリエイティブなアイデアというのは,実は扱いが難しいものなのです。クリエイティブなアイデアを取り入れた場合,失敗するかもしれないし,リスクがどこにあるかわからないし,誰かから批判されるかもしれないし,最後まで貫き通せるかどうかもわかりません。そういう状態を,受け入れられる人もいれば,受け入れられない人もいます。また,状況によっても態度は変わるようです。

 ペンシルバニア大学のミューリャー氏とその共同研究者らは,「不確実性の高い状況」に置かれた人では,特に新しいアイデアに対してネガティブな気持ちになるのではないかと考えました (Mueller et al., 2012)。

 ということで,参加者の半分には,「後でくじを引いてもらって,結果次第では追加で報酬を払いますね」と伝えます。これらの参加者は,不確実性が高い状態に置かれているわけです。残りの参加者には何も伝えません。こちらの参加者は,不確実性は特に高くないと言えるでしょう。

 その状態で,「あなたはクリエイティブなことっていいと思いますか?」と明示的に尋ねます。実はこの問いへの回答では,参加者の不確実性による差はありません。みなさん,「クリエイティブなのはいいと思います!」と回答するのですね。

 ところが,クリエイティブなものに対する暗黙の態度を測ってみると,不確実性の高い状況に置かれた参加者は,暗にクリエイティブなものを悪いと感じているということが示されます。

 つまり,不確実性を減らしたい(くじが当たるかどうか早く知りたい)と思う状況にいると,新しいアイデアや,クリエイティブなものに対して,主観的には前向きなつもりで,実は暗にネガティブな気持ちになってしまっている可能性があるのです。

イノベーティブだと株価が下がる!?

 そうはいっても,イノベーティブな方が絶対いいよ!と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。そうなのです。イノベーティブな企業の方が,もちろん業績は良いのです。

 カリフォルニア大学のハッセルフン氏らは,フォーチュン500社の経営者が,四半期ごとの決算説明会で,自社のクリエイティブさやイノベーティブさをどのくらい多く表明したかを調べました。決算説明会で,経営者が自社や自社製品のクリエイティブさやイノベーションをたくさん表明した場合,将来的に,その企業の財務パフォーマンスは高くなっていました (Haselhuhn et al., 2022)。

 ところが,大変興味深いことに,決算説明会でクリエイティブさやイノベーティブさを多く表明した企業の株価は,決算会の後3日間,むしろ下がっていたというのです。株式投資の方々が,イノベーティブさをネガティブに評価したのだろうなと察することができますね。


会話も「新すぎない」方が良いらしく…

 さて,ところでみなさま,人と会話する時には,新しくて,相手をワクワクさせるような話題を準備しなければと思っていませんか?

 まさか,と思われた勘の良い方,その通りです。実は,人間は,本当に新しい話はあまり聞きたくないらしいのです (Cooney et al., 2017)。もちろん,本人に聞いてみると,「いえ,新しい話が聞きたいです」と答えます。話す方も,新しい話の方が聞き手は楽しんでくれるに違いないと信じています。話し手も,聞き手も,主観的には新しい話がいいと思っているわけです。

 ああそれなのに。お互いにそう信じているのとは反対に,聞き手は,自分の知っている話を聞いたときの方が,全然知らなかった話を聞いた時よりも,相手の話が面白かったと感じるらしいのです。

 誰かと会話をする際に,「面白い話をする人だ!」と思われたければ,相手の知らないことばかり話すよりも,共通の話題について話すほうがよいかもしれません。そういえば,同窓会なんて,昔の話を繰り返すためにあるようなものですものね。


引用文献

  • Cooney, G., Gilbert, D. T., & Wilson, T. D. (2017). The Novelty Penalty: Why Do People Like Talking About New Experiences but Hearing About Old Ones? Psychological Science, 28(3), 380–394. https://doi.org/10.1177/0956797616685870

  • Criscuolo, P., Dahlander, L., Grohsjean, T., & Salter, A. (2017). Evaluating Novelty: The Role of Panels in the Selection of R&D Projects. Academy of Management Journal, 60(2), 433–460. https://doi.org/10.5465/amj.2014.0861

  • Haselhuhn, M. P., Wong, E. M., & Ormiston, M. E. (2022). Investors respond negatively to executives’ discussion of creativity. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 171(104155), 104155. https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2022.104155

  • Mueller, J. S., Melwani, S., & Goncalo, J. A. (2012). The bias against creativity: why people desire but reject creative ideas. Psychological Science, 23(1), 13–17. https://doi.org/10.1177/0956797611421018

  • 大塚栄輔・破田野智己・張帆・杉本匡史・山﨑陽一・長田典子. (2022, March 25). キャンパス内のテント空間が創造性に及ぼす影響. 第17回日本感性工学会春季大会. https://ist.ksc.kwansei.ac.jp/~nagata/data/2022_JSKE_1B1-04.pdf

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