忘れずにいたい言葉
最近あまりテレビを見ないので、SNSやネットニュースで日々の事件やニュースを知るのだけど、ノートルダム大聖堂の火事については結構ショックを受けた。
初めてパリを訪れたのは10年前。
何も知らなかったけれど、それでも建物の美しさと多くの人に愛されていることを目の当たりにしてただ感動した。
それ以来パリは何度か訪れて、ノートルダム大聖堂は3回くらい行ったけれど、何度行っても飽きることなく新しい発見があって。
ただの建物なのに、生きているみたいだなあと思った。
だけど、その火事のあとの復建のためにたくさんの寄付が集まることについては少し違和感。
誤解を恐れずにいえば、他にもお金を使うべきところはたくさんあるのになあと…。
開発学を専攻する身としては貧困や飢餓、難民、環境、それからもちろんジェンダー問題、他にもいろいろ気になるニュースで溢れていて。もちろん、ノートルダム大聖堂がクリスチャンの人々にとってとても大切な存在であることはわかるのだけれど、なんかモヤモヤします。
開発学に関する問題については、大学院在学当時から授業や出された課題を通して、いろんなケースを読んで聞いて、学んではきたけれど、結局のところはその場その場で解決しても、根本的な解決をしないとまた繰り返しになっていくだけだし、でもその問題ってなんなのか、根本的な解決ってどうやったらできるのかと負のループに落ちてしまい、結局答えは見出せないまま大学院生活が終わってしまった。
大学院が終わってからは、読まなきゃいけない課題論文からも解放されて、正直少し遠ざかろうとしていました。自分がやりたいと思っていたことは結局机上の空論で、1つを解決出来ても全部は無理だろうなあとか、もしどこかに所属したとしてもいろいろなところからのパワーと見えない何かで、何もできないんだろうなあとか。そんなことばかり考えていました。
久しぶりにイギリスに戻ってきているのですが、街を歩いていると至る所でドネーションを募るイベントをしていたり、フェアトレードのものが売っていたり、募金箱があったり、地産地消が推奨されていたり、ビニール製品を出来るだけ使わないようにされていたり、自分の意見を伝えることのできる場があって、それを認めてくれる場があって、誰かのためになることが日々の生活に溶け込んでいて、毎日の自分のお買い物や行動が無意識的にも誰かの明日につながっているかもしれないと思ったとき、大学院の先生が言っていたことを思い出しました。
Small is beautiful.
この言葉をいつも胸に留めておきたいです。
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