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AI時代における「摩擦」とは何か

はじめに

AIがあらゆる業務領域で支援ツールとして浸透し、まるで人間の秘書のように作業を効率化する時代が到来しているにもかかわらず、ある種の公的サービスや古くから続く企業向けの手続きは、なかなか滑らかにならない現状があるように思います。

たとえば、政府のオンラインサービスでは、インターネット上で手続きができるにもかかわらず、一日の中で時間制限があり、夜間には受け付けが止まるというような事態が見受けられます。
さらには、その画面やフォームが複雑で使いにくく、かつ自動化ツールとの親和性も低く、結果的に人間がわざわざ手作業で対応せざるを得ないのです。

こうした「本来ならAIの活用でスムーズに処理できるはずのことが、なぜかできない」不自然な状態は、企業や利用者にとって余分なコストとストレスを生み出します。

この状態がAI時代における「摩擦」と呼べるものであり、こうした摩擦が、今後の社会や経済にどのような影響をもたらし、そこにビジネスチャンスが潜んでいるかを考察します。


先進的なワークフローと遅れた仕組みとの乖離

政府オンラインサービスの不便さが生むジレンマ

オンラインなのに21時クローズと言われた人の図。

企業活動を円滑に進める上で避けて通れないのが各種官公庁での手続きです。
法人設立や各種証明書の取得、住所変更手続きなどがその一例です。本来、オンライン化によって紙の書類提出や窓口への物理的移動を省き、24時間いつでも申請可能な姿が理想とされていました。

しかし現実には、特定の時間帯でのみ受付を許容し、それ以外はアクセス不可能となるウェブシステムが存在します(法人用の履歴事項全部証明書の発行サービスなど)。
また、入力フォームが使いにくく、ユーザーが意図している処理とは別の操作をしなければならないような場面もしばしばあります。

こうした不便な仕組みは、AI時代の当たり前からはほど遠いといえます。ユーザーが求めるのは、対話型インターフェースを通じて、「この証明書を取得しておいて」と命じれば、AIが自動で要求を理解し、必要な情報を補完し、即時に処理を完了するような流れです。

それが当たり前になりつつある中で、古めかしいインターフェースや時間制限に縛られた仕組みは、ユーザーに強烈な不満と「なぜこんな回り道をしなければならないのか」という違和感を与えます。

モダンなサービスとのギャップが拡大する背景

シンプルなモダンUI vs レガシーのあれこれ詰め込みすぎたUI。

一方、民間のクラウドサービスやSaaS、AIベースの業務自動化ツールは日々進歩しています。
経費精算や契約書管理、顧客対応や在庫管理といった、従来なら人手で行っていた業務が、AIチャットボットやRPAツールを通じてスムーズに処理できるようになっています。

対話型UIを用いれば、担当者が自然言語で指示を出すだけで業務フローが完結する仕組みが、すでにビジネス現場では一般化し始めています。

その一方で、公的な手続きや特定の認可サービスでは、紙ベースの構造をそのままオンライン化しただけの不格好な形態が残り、そうした部分が徐々に劣化した「ユーザー体験」となって表面化しています。
こうしたギャップは日常業務の中で一層際立ち、利用者を苛立たせます。

結果として、先進的なワークフローに慣れたビジネスパーソンほど、既存の公的サービスや旧来型の業務フローに直面した時に、その非効率さを強く感じ、摩擦として認識するようになります。

摩擦が引き起こす経済的損失

時間と労力の浪費によるロス

不便さ由来のタスクの山は損失ももたらす。

摩擦が存在する領域では、業務に余計な工数や学習コストが発生します。

AIによって自動化できるはずの作業を、わざわざ人間がフォームに手打ちで入力し、エラーが出たら修正する手間は、本来であれば不要なものです。

これらは直接的な時間の無駄であり、業務の生産性を低下させ、企業全体としての競争力を損ないます。

担当者は面倒な処理に時間を割く代わりに、本来注力すべき戦略的な業務やクリエイティブな作業を犠牲にします。

また、システムの使いにくさが原因で、ミスが発生しやすくなり、二重三重のチェック工程が発生する場合もあります。
こうした累積的なロスは、企業にとって見過ごしがたい影響を及ぼします。

利用者体験の悪化がもたらす社会的損失

特定のサービスがユーザー体験を大きく損なう状況が常態化すると、社会全体としてのデジタル活用意欲が削がれ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進行が遅れる可能性があります。
ユーザーがデジタル手続きそのものに不信感を抱き、最終的に「オンラインは使いづらい」というレッテルを貼ってしまう状況は、経済のデジタルシフトを抑制します。

政府のオンラインサービスが使いやすくなれば、中小企業や地方自治体、個人事業主がより積極的にIT化を推進できるはずです。
ところが、摩擦だらけのオンライン手続きが蔓延すると、むしろ紙の申請書や窓口対応へ逆戻りしてしまう人々も出てくるため、せっかく整備したデジタルインフラが十分に活用されない事態が発生します。

この「デジタル後進性」を温存することは、国全体の成長やグローバル競争力にも悪影響を及ぼします。

摩擦の背後にある構造的要因

レガシーシステムと規制の存在

規制によってレガシーにロックされてないか?デジタル庁など、改善の動きはあれど…。

摩擦の源泉をたどると、旧来のレガシーシステムや規制環境のしがらみに突き当たります。

公的機関や認可を必要とする各種手続きは、長い間、紙ベースで運用されてきた歴史があります。

そのため、オンライン化の際も紙の手続き手順をそのまま模倣したり、紙の書式を電子フォームに置き換えるだけで済ませたりしてしまいがちです。

また、法律や規制の枠組みが古い運用プロセスを前提としており、システムを抜本的に変えることが困難な面もあります。
さらに、セキュリティ上の懸念や、不正防止のための複雑な手続き要件が存在する場合、単純化や自動化が難しくなります。

その結果として、現代的なUI/UXとの乖離が生じ、利用者から見れば理解しがたい不便さが残ります。

改革のモチベーション欠如とイノベーション阻害

公的サービスや既存の認可システムは、競合する他社サービスに追われる民間企業とは異なり、必ずしもUI改善やDX推進への強いインセンティブを持たないことが多いです。

そのため、抜本的な改善や刷新が遅れ、現場担当者も「これが当たり前」として慣れ切ってしまうことがあります。

市民や企業側の不満が可視化されにくく、改善要求が形にならない場合、摩擦は当然のように放置されます。

こうしてイノベーションが阻害されれば、結果的に公共部門と民間部門のテクノロジー活用格差が広がり、経済全体のパフォーマンスを下げる要因となります。

摩擦が生むビジネスチャンス

摩擦解消のためのミドルウェア的サービス

不便さはチャンスである。なくそうという需要の第一の証明者は、そう感じた本人である。

一見ネガティブな摩擦ですが、そこにはビジネス機会が潜んでいます。既存の不便なオンラインサービスや手続きフローを、エンドユーザーが直接触れずに済むような、ミドルウェア的なサービスが求められます。

具体的には、ユーザーは「法人の履歴事項全部証明書を取得して」とAIチャットに依頼し、そのバックエンドで認証手続きや必要なフォーム入力を代行し、公的システムと対話する仕組みです。

こうしたツールは、摩擦を吸収して滑らかなユーザー体験を提供し、同時に公的手続き側には改修不要な形で利便性を間接的に向上させます。
これにより、現行システムを変えられない制約下でも、ユーザーの手間と時間を削減する事業機会が生まれます。

レガシー改善コンサルティングと規制緩和への働きかけ

もう一つのビジネス機会は、レガシーシステムの改善やDX推進に向けたコンサルティングサービスです。

公的機関や業界団体、規制当局と連携し、段階的に手続きフローを再設計したり、規制要件を満たしつつもUI/UX改善を実現したりする取り組みが有望です。

さらには、政策提言や業界ロビイングを通じて、規制緩和や標準化を促す動きも生まれるでしょう。

これらのサービスは、単なるITソリューション提供にとどまらず、制度設計や利害調整、プロジェクトマネジメントを含んだ総合的なビジネスチャンスとなり得ます。

なぜ今、摩擦を解消することが重要か

デジタル・エクスペリエンスの標準上昇

AIやクラウド、SaaSが当たり前になった社会では、ユーザーは日常生活のあらゆる面で洗練されたデジタルエクスペリエンスを求めます。

オンラインバンキング、ECサイト、クラウド会計システム、顧客管理ツール、さらには個人向けの健康管理アプリや学習コンテンツまで、どれも直感的なUIと高度な自動化を備えています。

こうした環境に慣れたユーザーが、公的手続きや一部の企業向けサービスで不自然な不便さに直面すると、その摩擦は強烈な違和感として意識されます。改善が遅れれば、国や自治体、業界全体のイメージダウンにもつながります。

国際的な競争力確保とイノベーション促進

世界の先進国は、公共サービスのデジタル化や規制改革を進め、ユーザー体験を改善し、テクノロジー分野での競争力を強化しています。

その中で、摩擦を残してしまう国や産業は、デジタル分野での後れを取ることになります。

デジタル競争力の低下は、投資誘致や国際ビジネス展開にも悪影響を及ぼします。

また、スムーズなオンライン手続きや自動化は、新しいビジネスモデルやイノベーションを生む素地となります。AI時代において、摩擦を放置することは、将来的な成長機会をみすみす逃すことを意味します。

解決へのアプローチ

対話型インターフェースの統合とAPI化

摩擦を軽減するためには、従来の紙を模したUIから脱却し、対話型のインターフェースを前提とした再設計が求められます。
ユーザーは自然言語で「これをやってください」と頼むだけで、必要な手続きが裏側で自動的に処理される仕組みが理想です。

そのためには、APIの標準化や公開、データ形式の統一が必要です。

公的システムや特定業界の手続きプラットフォームが、外部のAIツールやミドルウェアからアクセス可能な形でサービスを提供すれば、ユーザーが直接不便なUIに触れずに済むようになります。

改善に向けたステークホルダーの共創

摩擦を解消するには、テクノロジーだけでなく制度や仕組み全体の見直しが必要です。

そのため、政府、産業界、テックベンダー、ユーザー団体など、多様なステークホルダーが協働する場が重要になります。

専門家の意見やユーザーテストを取り入れ、利用者の目線で継続的に改善を図るプロセスが求められます。

また、段階的な改善計画を立て、小さな成功例を積み重ねながら、徐々に摩擦を軽減していくアプローチが現実的です。
公的機関に対しては、規制改革やデジタルガバメント推進政策への提言を行うことで、長期的な改善を促すことも可能です。

結論

洗練されたデジタルの未来へ。

AI時代にあって、人々は既に高度に洗練されたデジタル体験を日常の中で享受しています。

その中で、政府のオンライン手続きや一部産業分野で残る使いにくいシステムは、深刻な摩擦として人々の生産性を下げ、経済的損失を生んでいます。

この摩擦を解消することで、ユーザー体験は飛躍的に向上し、社会全体のデジタル成熟度が高まり、新たなビジネスチャンスが創出されます。

既存制度やレガシーシステムに縛られた不自然な不便さを打破すべく、テクノロジー、政策、ユーザーの声を統合した取り組みが求められます。

そうすることで、摩擦のない、滑らかなデジタル社会の実現に一歩近づくことができるはずです。

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