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妻が妹の夫と浮気をしたので妹と復讐を計画してみた②

よく眠れたとは言え、特に元気が出たとか、そういうことは無かった。

ただ、どちらかと言えば目を逸していたことを真正面から見る必要と覚悟ができて、ほんの少しだけ強くなった、ような気がする。あくまでも気がするだけ、だったかも知れない。とにかくその日は一応妻には友達と会ってくるとだけ伝えて、妹との待ち合わせの場所に向かった。

「兄さん、大丈夫?」

「大丈夫だなんて言えば嘘になるが、受け止める心の準備はできてる、って感じかな」

「かなりエグい内容もあるけど、知らないままである日突然わかるよりもいいし、何よりも今日は兄さんが浮気をしてるとか、あり得ないことを言ってるバカ女に制裁、ううん、天罰を下すための作戦会議だからね」

バカ女、か。確かに今となってはそうかも知れない。まさか自分の妹の夫と浮気をして、それをごまかす為に逆ギレまでして、自分に濡れ衣を着せてくるような……そうだ、バカ女だな。

ということで、妹は興信所からもらった資料をテーブルの空いているスペースに広げ始めた。色々と書類なんかもあるが、相変わらず妹の夫、義弟がまだバンド活動の為に生活費をほぼ妹に頼っていること、そして妹に内緒でバイトをしていたことなどが書かれていた。

「私も今更だけどさ、兄さんにあの人のことわーわー言ったくせに、自分も男を見る目が無かったなーって思うよ……パパもママも兄さんも反対したけど、私なら絶対この人を成功させられる、この人の夢を応援できるって信じてたんだよね。あと、ガチな目で私を見ながらプロポーズされたのも、なんていうか……ときめいちゃったんだよね」

「俺もお前も結局似たもの兄妹だってことだよ。異性を見る目が無いのも含めてな」

お互いに苦笑いと自虐の言葉しか出てこない。だが、二人共ここから自分を再出発しなければいけない。そう思いながら資料に目を通すと、せっかく決意を新たにした自分の心を、粉々にするかのような情報が飛び込んでくる。二人で将来の為にと貯蓄していた金と、妹の夫の秘密のバイトの金でワンルームマンションを借りている。その上、そこで動画サイトへに投稿するためのスタジオ設備まで入れて、生放送なども行っているらしい。しばらく固まっていると、妹が心配そうに何を見ているのかとこちらの資料を覗き込んできて、ああと小さく言いながらうなずいた。

「兄さんそれね、その次のページにもっとひどいことが書いてあったんだけど……写真とかもあるけど、嫌なら見なくていいよ」

「うちの妻とお前の夫の行為中の写真だろ。まあ、気分は悪いが覚悟はしてるよ」

「写真もだけど……まあ写真が大丈夫ならいいかな、見て」

何だか含みのある言い方だなと思いつつ、資料の次のページを見た。その時、あまりにも予想外の内容に時間が止まった気がした。

「これ、本当に本当なのか?」

「興信所の人が裁判でも使えるように、ちゃんと証拠を揃えてくれてるよ」

「…………」

からみの写真はもちろんあった、それは予想済みだった。ただ、そこに不自然さを感じた。アングルだったり、確度だったり、なによりもまるでその場にいて、接写したような鮮明な写真で、おまけに動画のデータまである。それについて、報告書類の中に「二人の性行為を生配信したり、外国の動画サイトで有料会員向けに販売したりしている」と書かれており、具体的な売上金額、おまけとして確定申告をしていない、などまで赤裸々に報告がされていた。

手が震えて、涙が出て、咳き込んだ。むせた。心臓がバクバクと破裂しそうな音を立てて、吐き気がした。思わずトイレに駆け込めたことだけは、自分を偉いと褒めてあげたいと思う。さすがに居酒屋に迷惑をかけるわけにはいかない。

「本当にお互いに、恋愛の仕方が致命的に下手だよね。こんなのと結婚してたなんてさ」

妹はよくこんなものを受け止められたなと思ったが、電話で話す前に、興信所の事務所ですでに吐いていたらしい。だから今、冷静にこうして話ができている、とのことだった。もはやお互いの妻は、夫は、汚物にしか見えない。愛憎という言葉があるが、愛が深かっただけに、その憎しみも光が届かない闇の海の底に向かって落ちていく。もし今妻が、義弟が目の前にいたら、殴るだけでは済まないかも知れない。離れたこの場所で情報を知れたことは、冷静になるための時間と空気を吸うことができる。本当にありがたいことだ。

「兄さん、言いたいことはわかってるよ。だからね、こんなことを考えてきたの。ちょっと見てくれる?」

妹が今までの資料とは別に、復習計画書と書かれた数枚の紙をかばんから取り出した。その時の笑顔は、今まで妹が自分に、おそらく両親にも見せたことのない、悪魔が笑みを浮かべたような、というものだった。妹からすれば両親に絶縁寸前まで追い込まれ、それでもなお今の夫を選んだのだ。その憎しみは、下手をすれば自分よりも遥かに深く、重いかも知れない。いや、かも知れないではなく、その書類を見て確信した。

「すげーな、お前」

「お父さんとお母さんに謝る前に、きっちり自分の心に整理をつけたいの。ただ裁判して、慰謝料取ってそれで終わりなんて許すはずがないでしょう」

「そうか、そうだな……」

こうして妹と自分の復讐計画が始まった。

我が妹ながら、考えることが割と悪魔的というか、もちろん不倫なんてしているゴミクズ共に慈悲や遠慮などあるはずもないので、少しばかりおもちゃになってもらうことについては、まったく心が痛んだりはしない。さて、妹がどんな復讐計画を持ち出したかというと……うちの妻と妹の夫が二人で作っている動画チャンネルの生放送に潜り込む、というものだった。

正直言って、腹も立つし吐き気もするが、それ以上に復讐をしたいという心は自分にもはらわたが煮えくり返るほどある。色々な感情に全部ふたをして、事前に勉強のためにつまらない妻と義弟のゲームやら雑談やらには一応目を通した。そして、最初のうちは生放送の時間に現れては、軽い投げ銭をしながら、褒め言葉を添える。元々視聴者がほとんどいないチャンネルなので、投げ銭が来るだけでも二人は大喜びをしていた。まさか投げ銭をしているのが自分と妹だとも知らずに。

動画にはいくつか、他人の楽曲をカラオケで歌う「歌ってみた」というものと、自分たちで作ったオリジナルの歌を発表したMVの動画がある。どちらについても、およそこいつらに語ってほしくないような純愛、恋、そういったものが満載の歌詞のものばかりだ。そこで、妹と交互にチャンネル主さんは恋の歌をすごく丁寧に、心に沁みるように歌い上げてくれる。カラオケのものは違った歌の魅力が見えてくるし、オリジナルのものは切ない恋心や相手を思いやる大切さが伝わってきて、恋をしたくなります、などと、思ってもいない言葉で褒めると、二人は本当に嬉しそうに笑っている。思わずモニターを殴りたくなるのだが、今はとにかく我慢だ。

二人とこちらの間に信頼関係を築くこと、それが今回の復讐のミッションだ。そのためには時間を掛けて練り上げる。自分たちが誰なのか、バレてはいけないし、あくまでも一視聴者として参加している体をとる。そして、二人の馴れ初めであったり、どういう場所でデートをしているのか、お互いのどういうところが好きか、などなど、根掘り葉掘りと質問を重ねていく。最初は個人的なことだからと、妻も義弟もその辺りについては答えられないと言ったり、笑ってごまかしていた。だが、常連として通い詰め、小銭でも投げ銭を何度も行うことで、興信所のデータだけにとどまらない、後々のいろんな復讐に使うための生きたデータが手に入る。そして、こいつらが人目もはばからずイチャイチャしている生放送のアーカイブされないその場だけの動画なども、こちらはきっちりと記録をおこたらない。

自分とは違い、妹は女性らしい話し方で、それでいてネットスラングなども交えつつ、二人を気持ちよくさせながら投げ銭をしている。それにより、二人がリクエストに応じてくれるようなことも出てきた。ある日、妹が少し多めの投げ銭をしながら二人に、

「二人のラブラブしてるところを見てると、恋人が私に同じようにしてくれることがあります。良ければ今、この生放送中に情熱的なハグをしてくれませんか?」

というメッセージを送った。いつもは100円、200円なのに、このときだけは1000円を送ったということもあり、二人も明らかにいつもより反応が変わった。もちろん、画面の向こうにいるのは自分と妹だというのに、一切気づいている様子などはない。そして、こうして当事者が見ているにも関わらず、言ってしまえばたかが1000円のために、本当に人前でこのまま性行為が始まるのではないか? と思うほどに情熱的なハグが始まってしまった。少しばかり色っぽい喘ぎ声が漏れてきた時など、本気で吐き気がしてトイレに走ったくらいだ。

見なければいい、そもそも何でこんな自分で自分にセルフ拷問のようなことをするのかと思われるかも知れないが、それだけ妻への思いがあった。それは妹も同じだ。だからこそ、二人を有頂天に持っていきたい。その有頂天から引きずり下ろして、地獄へ、奈落へ叩き落としてやりたい。歪んだ思いだと自分でも思うし、妹もそう思っているだろう。だが、こんな二人を野放しにして、世間と同じ手続きで粛々と離婚をすることなど、改めて無理だと思う。吐き気と嫌悪感の向こう、いつか来る未来を思った時に、自分は笑っていた。

有頂天という言葉は、以前職場の先輩に言われた。まさに絶好調、調子に乗っていて、無敵みたいに思っている状態だが、中国の言葉で、これは「天に頂き有り」ということ、つまり、無限に続くと思っていた高みは今が頂上で、後は降りる、否、落ちるしかない。そしてその日は遠くない。そんなことを思いながら生放送を見ていると、妹は更に切り込んでいった。

「私には大好きな人がいます。でも、実はその人は既婚者で……私自身も結婚しています。相手も私に好意を持ってくれているようなのですが、このままだとダブル不倫になってしまいます。妻さん、義弟さん、こういう恋ってありですか?」

さあ、どんな風に答えるのか。
天の頂きは下りルートに入る。天候も最悪だ。

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