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テトリスが降ってきた話【ショートショート】
小学生の頃、僕は冬が苦手だった。
朝、布団から出るのも嫌だし、学校まで歩いていくのも嫌だった。
学校に着いてからも体育の授業がある日なんて最悪だった。
それは言わずもがな、寒いからだった。
けれど、あの日を境に冬が少しだけ好きになった。
テトリスが降った日だ。
その日もいつものように布団から出られずにいた。
いつまでもぬくぬくしていたい、学校なんて行きたくない。
そう思っていた時、1階の母から思わぬ知らせを受けた。
「テトリスが降ってるよ!」
だから早く起きなさい、というのも暴論だが僕を布団から出すには十分効果的だった。
カーテンをあけて窓から外を見ると確かにテトリスが降っていた。
急いでリビングに行くと、テレビでは丁度テトリスについてのニュースがやっていた。
今年初のテトリス日和だそうだ。
しかもしばらく続くらしい。
僕は内心興奮していた。
学校につくとクラスメイトはテトリスの話で盛り上がっていた。
「休み時間にはきっと積もってるな。」
「じゃあテトリス合戦やろう!」
などと聞こえてくる。
テトリス合戦とは文字通り、テトリスを投げ合って相手に当てる遊びだ。
いろいろな形のテトリスが飛び交う様は、まるでお祭りだ。
こどもたちとの約束を守ってくれるかのように、テトリスは降り続き、グラウンド一面まっテトリスになった。
僕たちは思う存分テトリス合戦を楽しんだ。
次の日もその次の日もテトリスは降り続けた。
こども達にとってそれは一大イベントになり、休み時間の度にテトリス合戦をした。
困ったのは大人達だった。
一向に止む気配のないテトリスに道路は渋滞を起こし、電車は運休した。
その年は例年よりもかなり寒く、降ったテトリスがいつまでも溶け残っていたらしい。
溶け残ったテトリスの上にさらに新しいテトリスが積み上げられていくのを見て、僕の両親も困惑していた。
ただ、目の前にあるテトリスは子供たちにとって遊びでしかなかった。
いつか止んで溶けるだろうと、たかを括っていた大人達からも余裕の色が消え、いつしかテトリスは学校の校舎の1階部分を完全に隠してしまった。
僕たち生徒も先生も2階の窓から入らなければならず、担任の雪澤先生が新しく積もったテトリスに足をとられて腰のあたりまで埋もれた時には笑ったものだ。
あのときのことは今でも覚えている。
テレビでは、テトリス下ろしをしていた高齢者が、屋根から落ちてきたテトリスに潰されて大怪我をしたなどというニュースが連日放送された。
この頃には流石に僕たちも心配し始めていた。
このまま視界がテトリスで多い尽くされてしまったらどうなってしまうのだろうか。
しかし、僕たちに出来ることなどあまりなく、せいぜい凸の形やSみたいな形のやつで凌ぐ他なかった。
ただ予報で長い棒が落ちてくるのを待ちわびるしかなかったのだ。
そして3月のある日、遂にそれは訪れた。
長い棒が落ちてきたのだ。
大人もこどもも待っていましたとばかりに大騒ぎだった。
間違っても積んではいけないと慎重に誘導し、かねてから空けてあったポケットにそれを入れ込む。
長い棒はするすると降り積もったテトリスの隙間を進んでいく。
僕らは固唾を飲んで見守った。
そして底の底、視認することさえ出来なくなった奥深くへそれが到達した瞬間、歓声が上がった。
色さえ忘れかけていた地上へ、僕らは帰還したのだった。
大変なこともあった。
心配になったし、不便なこともあった。
けれど、あの年のワクワク感は言葉に表せないものだった。
大人になった今では車も乗るし電車も使う。
テトリスなんて降って困ることしかない。
ただ、からだの芯まで冷える日には、もしかしたらテトリスが降ってくるんじゃないかと鈍色の空を見上る。
少しだけ心踊りながら。