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ダブルチーズバーガーのマネージャーをしていたときの話【ショートショート】

芸事の世界は厳しい、というのを教わったのは僕が東京に出てきて1年目のことだ。
当時働いていた事務所は大手ファストフード店で、数いるメニューの中から「ダブルチーズバーガー」のマネージャーを務めることになった。
1年目の僕にそんな人気者を抜擢する会社もどうかと思ったが、当時はそんなことよりもあの超売れっ子と一緒に仕事ができる喜びに単純に浸っていた。

初めて顔を合わせたのはとある休日の昼間。
楽屋でメイクさんと談笑しているダブルチーズバーガーに挨拶に行ったときだった。
ノックをすると「はい」とあの聞き慣れた声がする。
失礼しますと中へ入ると鏡越しに僕を一瞥したダブルチーズバーガーは

「君が今度のマネージャー?どうぞよろしくな!」

手でチーズをかきあげるようにしてそう言った。
かっこいい、それが僕のダブルチーズバーガーに対する第一印象だった。

しかし、マネージャーとして現場を共にするにしたがって、彼の横柄さというか、人気を鼻にかけたその傲慢な振る舞いが目立つようになっていった。

ある現場でのことだ。
撮影の合間にダブルチーズバーガーが電話をしていた。

「おい、それ俺に言ってんの?」

周囲はピリッとした。
ダブルチーズバーガーが何かに怒っている。

「今年も女性・若者・子どもの人気三冠の俺にそんな態度とっちゃっていいわけ?君みたいなフィレオ風情が。」

電話の相手は同じ事務所のフィレオフィッシュさんだった。

「ハンバーガーさんも言ってたぜ。揚げ物がいるせいで俺たちのブランド力が落ちてる、本当はパーティー系バーガーだけでも勝負できるはずなのにってな!」

牛肉のパティを挟んでいるハンバーガーやダブルチーズバーガー、てりやきバーガーなどのことを業界用語でパーティー系と呼んでいるのだが、時おり彼はそうやってパーティー系とそうでない揚げ物系を差別していた。

「俺たちパーティー系はな、昔っからプライド持ってやってんだよ!ダブルにもしてもらえないお前が偉そうな口を聞いてんじゃないぞ!」

周りにも聞こえるような声でそう怒鳴るとダブルチーズバーガーは電話を切った。

あんまりだ、と思った。
確かにダブルチーズバーガーは美味しい。でもだからと言って同じ事務所の後輩を恫喝するような言い方はよくないし、フィレオフィッシュだっていいところはある。
売れっ子だから何を言ってもいいわけじゃない。
僕は新人マネージャーの癖に、正義感だけは一丁前にあった。
だからそんな彼を許せなかった。

「あの、ダブルチーズバーガーさん、さっきの電話なんですが。」

明らかに不機嫌な彼は僕を睨み付けた。

「少し言い過ぎです。確かにフィレオフィッシュさんの伸び悩みは目に余ると言われているし、パーティー系の人気は誰もが周知の事実です。でも、ダブルチーズバーガーさんだって最初から完璧だったわけじゃないでしょ。」

「あ?新人のくせに俺に意見するのか?俺は最初から完璧だった。それがどうした。」

「いえ、今のあなたの立場はチーズバーガーさんあってのものです。古株のチーズバーガーさんが基礎を怠らなかったから『ダブルもデビューしてみよっか』という話になったんじゃないですか。それに今の地位を維持していられるのは数あるコラボのお陰です。事あるごとにダブルチーズバーガーさんが優遇されてコラボしているのを知っていますか?」

「それは俺が人気だからだろ。」

「では未だに、夜な夜なチーズバーガーさんが味の研究を重ねていることは?コラボの話題になったときにチキンフィレオさんが『私よりも今勢いがあるのはダブっチやから』と推薦してくれているのは?そんな状況も知らずにパーティー系だ何だと胡座をかいているのは誰ですか!?」

「お前、聞いてりゃいい気にっ!」

「今のあんたを頼むくらいならチーズバーガーさん2つ頼んでダブルにしてやるよ!知ってるか!?そっちのがカロリー高いんだよ!あんたには何か決定的に足りないんだよ!」

今考えると、会社は僕のそんな正義感を見抜いていて、ダブルチーズバーガーのマネージャーにつかせたのかもしれない。
何も言い返せない彼は、ピクルスを噛み潰したような表情をした。

「へぇー、そんなことがあったんですね。」

僕の前にいる若者は感心したんだか、してないんだかよく分からない返事をした。

「ダブルチーズバーガーとはそれっきりさ。けど、その後の活躍は火を見るより明らかだろ。」

「だったら、ひさびさに食べに行きませんか?」

そう言って彼はさっさと僕の車の助手席に座った。
きっと彼も誰かのマネージャーになった時に分かるのだろう。

「トリプルチーズバーガーください。」

若者らしく遠慮なく注文する。
それを尻目にメニュー表を見ていると、ついダブルチーズバーガーと目が合った。
そしてお互い気恥ずかしくなって、頼みもしないスマイルをくれるのだった。

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