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体が左折してしまった時の話【ショートショート】

いつものように仕事を終えて車を運転して帰る途中、体に痛みを感じた。

どこかにぶつけた覚えも捻った覚えもなかったが、時間が経つにつれ痛みが強くなった。
自宅が見える頃には尋常ではない痛みになっていたので、僕はそのまま病院へ車を走らせた。

車を運転していたら痛みが出てきた事を医師に伝えると、医師は僕の体を触るなり

「あ~、見事に左折してますね。」

と言った。
一応レントゲンも撮っておきましょうと言うので検査すると、そのレントゲン写真は素人が見てもわかるくらい明らかに、左折していた。

「いつから違和感を?」

「最初に気づいたのは初めて職場に行ったときです。あれ、この道けっこう左折するなって思いました。」

「いったいどのくらい左折したんですか?」

「お恥ずかしい話なんですが、毎朝通勤するたびです。」

「なるほど。でも帰りは同じだけ右折するはずですよね。」

「帰りは混むので本来右折する交差点を通りすぎ、左折を繰り返して帰ってました。」

医師は困った患者が来たものだと言わんばかりに鼻でフン、とため息をついた。

「今も違和感あるでしょう。」

「はい。」

「だってウインカー出てますからね。」

「えっ!?」

無意識のうちに左肩が上下し、カッチカッチとウインカーを出していた。

「もう左折癖ついちゃってますね。」

そう言うと、医師は僕の肩を持ち勢いよくはめ直した。
ゴキン、という音とともにウインカーは止まった。

確かに、右折は対向車線の様子を見なければならないので面倒ではある。
調子の悪いときはとてもできたものではない。
まして通勤や帰宅時間など交通量の多い時間帯は尚更難しくなる。
だからと言ってそれが左折を繰り返していい理由にはならない。

「しばらく左折はしないように。本当は大事をとって会社に休みをもらった方がいいのですが、難しいようなら右折を心がけてください。」

釘を刺され診察室を後にした。

診察室の扉が閉まる間際、僕の肩を見て「待合室は『右』ですよ!」と医師に声をかけられた。

見事に左折のウインカーを出してしまっていた。

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