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友人と晩御飯を食べる。
これほどありふれた1文なのに、僕には奇異なものに感じる。
18年生きてきて、最も仲がいいと思えるのは彼を含めて4人程度だろう。
要素の母数が少なければ必然的に「普通」が起こりうる確率も下がる。
奇異に感じるのはそのせいだ。
歓談。憂愁。展望と不安。
過去、現在、未来。その全てがこの空間に存在する、まさに"ドリームタイム"だ。彼との対話はいつも「やみ」が話題の中心。最も盛り上がるのはこれだから。もう一人、この場にいたらこんな話は諫めるであろう。
あまりにも想像に容易く、笑みがこぼれてしまう。
寒暖、劣等、羨望と不満。
過誤、原罪、味蕾。話題と感覚器の興奮は伝導していく。この空気感だけは忘れまい。肉もうまい。美味という感覚それ自体に感動する。
…? あれ…?
相当な量の肉があったはずなのに。呆然とする。
「もう食べ終わった?急ぐね」 「いいよいいよ、ゆっくりで」
彼が遅いのではない。俺が早すぎる。毎度こうなるから申し訳なくなる。 焦らなくていいよ、ほんとに。ごめんね。
クリエーションのネタに飢える彼。肉をほおばる彼を見ながら、寿司のほうがよかったかな、なんてくだらないことを考えた。 本当にしょうもない。すぐ妄想の雲ををかき消し、彼との会話を楽しんだ。
最近、35000字を14時間で書き上げたらしい。1時間に2500文字のペース。過集中とは恐ろしいものだと実感する。 集中しすぎて死んでしまわないか不安になる。 大丈夫なんだろうが、盛り上がる話題がアレだから、ね。
でも確かに、これだけの能力があるやつなら、ネタに対して貪欲にもなるだろう。やっぱり寿司のほうが彼のためになっただろうな。高いけど。
母校を経由した所為か、今日は普段より過去の「やみ」の話が多い。郷愁を言い訳に、それが深そうな人の話を掘り下げる。
「目が円い人は病みやすい。俺みたいにね」
そう言って悪戯っぽく笑ってみる。 何故かは全くわからない。「執着」が目元に表れているのだ、と勝手に結論付けている。 その対象は、人か、人外か、はたまた無生物か。
僕だってそうだ。 命があろうが無かろうが、生きていようが死んでいようが。 何に対してもかわいさと恋慕を抱けてしまう。 そうつまり、なんにでも執着しうる。
急に爆薬みたいな自己紹介を投下するんじゃないよ、お前は。
僕のことはどうでもいい。話に戻ろう。
追加でポテトを注文した。まだお腹に入りそうだったから。 本当はもっと話をしたかったから。
甲斐あって、彼との話は積もりに積もった。 リフレインし続けなければ、何も覚えられない自分の脳に腹が立つ。 それほど有意義だったと感じる時間だった。
記憶機能の異常。視覚的に残さなければ、すべて忘れてしまう。 普段「楽しい」と思えない理由も、ここにある気がする。
ああ、変わり映えのしない1週間の、1日目が終わる。
自宅に着く。 帰ってくるんじゃなかったかな。そう思いながらバッグ下ろす。
あるのは机とベッドと本棚。大きくて小さな癒しを摂取して、気分の悪さを和らげる。
身軽になった体をベッドに放り投げ、途中で買った本を読み終える。
本屋に寄ったのは、無意識のうちにも物書きをするモチベーションを上げようとしていたからかもしれない。
幸か不幸か、周りには素晴らしい物書きさんたちがいる。影響と刺激を与えてくれる、大切な人たち。 何をしても、明らかに見劣りしてしまうだろう。
それでも、書きたいと思えた。
書き出しはどうしよう。内容はどうしよう。こう考えるだけで…
「楽しい」
風呂場で小さな声が反響していた。
部屋に戻ってPCを立ち上げ、書き始める。
書き出しは…
そうだ、こんなのはどうだろう。
「友人と晩御飯を食べる。これほどありふれた…」