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名前のない関係

彼と出会ったのは、大学1年で入ったランニングサークルだった。

1学年上の彼は、人懐っこく可愛らしい顔をしていて、フラットに話しかけてくれたこともあり第一印象から好感を持った。

サークルの活動は週に1回、大学を起点にして目的地を決め、そこまで走って行って走って帰ってくるというシンプルなもの。
たまに、公園で鬼ごっこやリレーをしたりもした。

人数が少ないのもあって、彼とはよく話すようになり、他のメンバーも交えて何度かごはんやアーティストのライブにも行った。
彼は1学年しか変わらないのに、さらに上級生の先輩を差し置いて、いつも私の分を多く払ってくれた。

そういう面で彼は紳士的だったが、かといって女性に慣れている感じはなく、カメラや映画、本、お笑い、天体観測が好きで、ちょっと捻くれた考えをする不思議な人だった。


サークルの忘年会の日がちょうど彼の誕生日と近かったから、いつものお礼にと、ちょっとしたお菓子を渡した。
もう何を渡したのか覚えていないけど、とても喜んでくれたようだった。


どういう流れからそうなったのか忘れてしまったが、ある日2人で水族館に行くことになった。
「デートですか?」と聞いてみたけど、適当にはぐらかされた。

魚やイルカは可愛かったけど、彼と水族館で過ごす時間は正直とてもつまらなかった。
きっとお互いそう思ったと思う。水族館だけで解散した。

それからはなんだか気まずくなって、
サークルの活動もタイミングよくなくなってしまったので、
会うことも、連絡することも無くなった。
あ、誕生日だけは連絡をとっていたかも。


時が経ち、私の卒業式の日、院生となっていた彼はカメラを持って会場にいた。
もう会うこともないだろうし、と意を決して声をかけた。

彼は何も気にしてない素振りで、「おめでとう、袴似合ってるね」と言ってくれ、
私のスマホで一緒に写真を撮った。

撮ってくれた写真をLINEで送信すると、また今度ごはんに行こうよと誘われた。

後日、私たちはお昼に集合して、家の近くのおしゃれなカフェに行った。

水族館はあんなにつまらなかったのに、この日は会話が弾んでとても楽しくて、
まるでデートをしているようだった。彼は本や映画、友人の話をした。

店を出ると、彼に流されるまま周りをぶらぶら歩き、まだ夕方からバーに入った。彼はタバコを吸った。私はタバコは苦手だが、なぜかすんなり受け入れられた。


本が沢山置いてある感じのいいバーだった。
初めは対面で座っていたが、酔いが回ってきた彼は本を持って私の隣に移動してきた。
肌と肌が触れあふほど距離を詰められ、私は一瞬たじろいだが、
お酒の助けもあり嫌な感じはしなかった。いつのまにか手も繋いでいた。

結局終電近くまでバーで過ごし、このままキスでもされるのではないかと構えていたけれど、意外にもあっさりと彼は終電で帰って行った。

そんなことを何度か繰り返した。


けれど、何も始まらずに彼とはまた疎遠になった。
お互い好意はあってもその気はなかったのだろう。
実際、彼と付き合って一緒に過ごすという想像は全くできなかった。

でも不思議と悪い気はしていない。
彼のおかげで本や映画の幅が広がり、noteを始める一つのきっかけにもなった。

どこか遠くで、彼らしく生きていてほしいと願っている。




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