胎盤食:序
子の誕生と胎盤食
愛する妻が僕の、僕たちの子を産んでくれた。
立会い出産で、男親が可能な全てを体験した。
妻の産みの苦しみ、子を授かる喜び、臍帯の強靭さから感じた母子の絆の強さ、分娩前中後の医学的な処置、そして妻子に対する心の底から溢れ出る愛おしさ。
全てが本当に貴重な体験だった。
とまあ、それはひとまず置いておいて。
胎盤を食べてみたいと思う。
どうせ廃棄されるだけの、役割を終えた臓器。以前から興味があったのだ。
主なる目的は愛する妻との物理的及び霊的結合で、犯罪のニオイがするグロテスクなカニバリズムとは違うつもりではいる。
妻は初めは抵抗があったようだが、懸命な説得の甲斐あって、了承してくれた。最終的には「食べてみて、美味しかったら(入院している病院に)持ってきて。私も食べてみる」とまで言った。さすがは我が妻。好奇心旺盛である。
先ずは胎盤を手に入れないといけない。
医者に断られた時のことを考えて、説得パターンと説得用小道具をいくつか準備していたが、
僕「この胎盤、ください」
医「どうしてですか?」
僕「食べたいんです」
医「いいですよ」
とあっさり承諾してくれた。
注意事項として、医者に「食べ余った時は、勝手に捨てたりせずに、持ってきてください」と言われたので、
「僕は基本的に血は汚いものであるという認識を持っています。感染性廃棄物として厳正に処理する必要があることも知っています。なので僕と妻しか食べません。また、愛する妻の一部*を捨てることはしません。……が、万が一余った時は持ってきますので、処分をお願いします。」
と伝えておいた。これで、一安心。
どこを検索してもレシピが見つからなかった、という問題があるのだが、これはレバーあたりのレシピで代用しようか。
次は具体的な作業について書いていこうと思う。
*正確には、胎盤は受精卵〜胚盤胞から分化するものなので、妻ではなく子供の一部だ。「妻の一部」と言ったほうが効果的かな、と思ったのでそう言った。
胎盤食レシピ:小分けと血抜き
胎盤はその役割から、当然血を多く含んでいる。
ネットの情報によると胎盤は「刺身」でも食べられるようだが、ちょっと切って口に放り込んでみたところ、そのままでは鉄っぽい血の味が強くて、とても食べられるものではなかった。
まずは血を洗い流さなければならない。が、含んだ血の量は半端じゃなく多い。洗っても洗っても水は澄んでこず、絞れば絞るだけ血が流れ出す。
禽獣のものならまだしも、人のものである。やはり大量の人間の血というものは精神的にクる。最も心理的ダメージが大きい作業(調理)の一つだろう。
ただ「これはレバーだ牛肉だ」と欺瞞することは妻と子に対する冒涜のような気がしたので、「つい先ほどまで愛する妻の中で、愛する子に命を分けていた血液が、その役割を終えただけだ。ありがとう、ありがとう。」と感謝を捧げつつ、作業を続けた。
血液を洗い進めると、だんだん胎盤の形がはっきりしてきた。胎盤はどんなに丁寧に洗っていても、元のずんぐりした塊が崩壊してくる。なぜなら、胎盤は一塊の臓器ではないからだ。大量の血管や粘膜を絡めに絡めたものが複雑に集合している。
胎盤の母体側は、栄養供給・ガス交換・老廃物排出を行うため、大量の毛細血管で構成されており、逆の胎児側では、母体側の毛細血管から徐々に太い血管に纏っていき、最終的に一束の臍の緒になる。
よって、大まかには臍帯から樹状に派生する傘のようになっており、その傘の裏側に血管の塊=ブロックがみっしりと付着しているという、肉で出来たクラゲのような形状をしている。
参考:Wikipedia/胎盤
Wikipediaの胎盤の項にある写真は臍帯側で、多数の太い血管が浮き出ていても比較的ツルリとした表面だが、裏面(母体側)は無数の血管や粘膜がブロックとなって、モロモロと剥き出している状態である。血抜きを行っていない胎盤は写真のものよりも赤黒いため、写真の胎盤は、白色の羊膜が表面に残っている状態だと思われる。僕はなぜ写真を撮り忘れてしまったのか……興奮してたのか精神的に余裕がなかったのか、ここは悔やまれるところだ。
ブロックは、血管同士の結合の強弱で作られるのだろうか、見る限り、規則性はなさそうだ。今回は、自然と10数個のブロックに分かれた。洗いやすいように、また取扱いやすいように、ブロックごとに包丁で小さく分割する。
包丁を入れるたびに、内包されている血液が噴き出し、臓器の臨終の際、断末魔の様相を呈している。
途中で気付いたことだが、動脈血(おそらく)は、とても美しい。胎盤及び血管の白肌色によく映える鮮やかな赤色で、また、サラサラとしていて抵抗無く流れ出ていく。それに対して静脈血は沈んだ赤黒色で、粘度が高いような気がする。洗いにくいのは当然静脈血だ。臍帯や大きな血管は強く扱いて静脈血を除いていく。組織内部に閉じ込められ、そのまま凝固している血液まである。隔壁を切り開き、指で掻き落とすように除く。
そうやって1時間ほどの洗浄と血抜きを行った。
次回はいよいよ初の胎盤食、刺身へ。
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