肩甲帯に介入する上で押さえておきたい3つの視点
中枢神経疾患の上肢治療に携わる中で、肩甲帯の不安定性が問題になる事は多い。肩甲帯に介入する上で重要な解剖・運動学的視点を、自身のこれまでの臨床経験も踏まえ、3つに絞って記載する。
1、胸部伸展は肩甲骨後傾・外旋の土台となる
胸部伸展は肩甲骨後傾・外旋運動を通して、結果的に肩外旋可動域を増やし上肢作業空間を拡大させる(Yusuke Suzuki,2019)。この論文では、胸部伸展の重要性が明確に示されており大変参考になった。
ただし、この事を治療に落とし込むには知識をもう一歩深める必要がある。ここでは①肋骨の動き、②僧帽筋下部線維&広背筋の活動の2つをキーワードに掘り下げてみたい。
【①肋骨の動き】
広義の肩関節には肋椎関節・胸肋関節・胸鎖関節・肩鎖関節・肩甲胸郭関節・肩甲上腕関節・第2肩関節といったものが含まれる(注;どこを含むかは所説ありそう)。胸部伸展はここで言う肋椎関節・胸肋関節の部分が特に重要となる。肋骨1本1本の動きは僅かであるものの、この点に丁寧に介入することで胸部全体としての伸展要素は大きく変わる。肋骨の動きは呼吸との関連も強い。ROM訓練時には呼吸に合わせた徒手誘導が重要となる。
【②僧帽筋下部線維&広背筋の活動】
胸部(胸郭)の伸展筋の中でも、表層に位置する僧帽筋下部線維&広背筋は治療のターゲットになりやすい。これらは胸部伸展と同時に肩甲骨下制・内転に作用するため、結果的に肩甲骨の後傾・外旋にも寄与する。脳卒中片麻痺者では広背筋が外側・下方に垂れ下がり、低緊張を示すことが多く、さらに短縮が加わると上腕を内旋方向に引き込み、上肢治療の大きな妨げとなる。最近参加した勉強会においては、広背筋の中でも特に中間部の求心性収縮が重要視されていた。臨床的に腑に落ちるところが多い。
2,鎖骨後方回旋の寄与
肩甲骨上方回旋の構成要素として、主に①肩鎖関節の上方回旋、②胸鎖関節の後方回旋、③胸鎖関節の挙上が考えられる。ここでお伝えしたいのは、視覚的には捉えにくい「②胸鎖関節の後方回旋」の僅かな動きが、臨床上大きな影響を与えているという事である。上肢挙上時、肩甲骨上方回旋に占めるこれら3つの構成割合をみると、「②胸鎖関節の後方回旋」は挙上とともにその寄与が大きくなっている(Rebekah L Lawrence,2020)。
鎖骨後方回旋の「メカニズム」にも触れてみたい。肩外転の開始時、肩甲骨は肩鎖関節で上方回旋するが、この時固い烏口鎖骨靭帯をかなりの程度伸張する。この靭帯によりこの関節でのそれ以上の上方回旋は制限される。伸張された靭帯内に発生する張力は鎖骨長軸方向の後方にあたる点である鎖骨の円錐靭帯結節部分に伝達される。この力が加わる事で鎖骨は後方に回旋する。この回旋は、烏口鎖骨靭帯の鎖骨付着部をより烏口突起の方へ引き寄せ、この靭帯に発生した緊張負荷をかなりの程度減少させる。その結果、肩甲骨はそのまま最終上方回旋を継続することができる。
肩甲骨を下制・内転方向にセッティングする際には、この鎖骨の緩みを確認しながら行う事が重要となる。
3,翼状肩甲を2つの視点で分析してみる~“下角の浮き上がり”と“内側縁の浮き上がり”の違い~
“翼状肩甲”は対象者によって様々な様相を示している。先日参加した勉強会ではこれを2つの視点で診ることを学んだ。裏付けとなる論文などは見当たらないが、臨床上納得のいく考え方であったため、ここにまとめてみる。
一つ目は“下角の浮き上がり”…これには特に小胸筋の短縮が関与していることが多い。小胸筋(さらにそれを覆う大胸筋)の筋粘弾性の改善が必要となる。
もう一つは“内側縁の浮き上がり”…これには前鋸筋や僧帽筋中部・下部、菱形筋などの低緊張が影響している事が多い。これらの下角周囲筋の促通が必要となる。
上記2つの因子は重複している事も多いが、介入方針を明確化する上で大変意味のある視点と思われる。
【引用・参考文献】
Yusuke Suzuki et al:Influence of thoracic posture on scapulothoracic and glenohumeral motions during eccentric shoulder external rotation.Gait & Posture 67:207–212,2019
Rebekah L Lawrence et al:The Coupled Kinematics of Scapulothoracic Upward Rotation.Physical Therapy 100(2): 283–294,2020
Donald A.Neumann:カラー版筋骨格系のキネシオロジー 原著第2版.医歯薬出版,2012