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その9真山雲雀2
天井の大きな扇風機がゆっくりと回っている。
その優しい風が静けさをつくる。
窓からは都会の灰色の風が入り、その静止した時間を動かそうとしている様であった。
その狭間で、雲雀は眠っている。
先日の出来事から、今日で10日経とうとしていた。
右腕=骨折 肋骨二本=骨折
加えて、原因不明による意識不明。
これが雲雀が病院の個室のベッドで眠っている理由である。
意識不明である事も影響し、ここ数日はお見舞いの数もパタリと減っていた。
毎日必ず訪れるのは、雲雀がモデルの仕事をしている際のマネージャーくらいである。
彼は自分の体調不良で仕事を休んだ時に起きた事故が原因で雲雀が入院する事になったので、自分を責めていたのだ。
雲雀の両親は、共に医者であり、側にいても何も変わらないと冷静に判断している様子で、たまに来ては顔を見て、5分足らずで帰っていった。
そんな静けさの中、今ひとりの男が椅子に腰を掛けた。
*
男はケーシーと呼ばれる看護師の制服を着ており、どこか緊張している様子で、雲雀を見ていた。
【ふう。】
緊張をほぐす様にひとつ息を吐くと、男は自分の胸に手を置き、もう一つの手で雲雀の手を握った。
その瞬間、2人は小さな白い光で包まれた。
時間にして、約3秒。
それが終わると、雲雀の手を布団の中に戻し、立ち上がり、病室のドアに向かう。
雲雀は少し咳き込んだ後、ゆっくりと目を開け始めていた。
「あんた、、、、誰?」
病室から出て行こうとしている男の背中に話しかける。
男は、その声に一瞬躊躇ったが、そのまま歩みをやめなかった。
「待って。止まって。」
雲雀は何度も繰り返したが、男はもう病室から半分出かかっている。
【ガシッ!】
不意に男は後ろから腕を掴まれた。
「ハァハァ。止まれって言うてるん聞こえへん?小さい時に、止まれ言われたら危ないから止まらなあかんって習わんかったん?親の躾がなってへんなぁ。」
後ろから男の腕を掴みながら話しかける雲雀は、優しく微笑んでいる。
「ちょっと身体がダルいから座って話さへん?何かわからんけど、周りの状況から、どうやら今ウチは入院患者みたいやし、いきなり動いたからか知らんけど、フラフラするんよ。」
そう言うと、ヨロヨロとしゃがみ込みそうになった。
【ガバッ。】
その瞬間、男は軽々と雲雀をまるでお姫様を抱き上げる様に持ち上げて、ベッドまで運んで、そっと優しく置いた。
「ありがと。てか、あんためちゃくちゃ大きいな。止めるのに必死で気づかんかったわ。」
雲雀は、目を丸くして、ベッドから話しかけた。
「見た感じ看護師さんやんね?お世話してくれて、ありがとう。」
男は顔を赤くして照れながら嬉しそうな表情で、微笑んでいる。
「何て名前なん?あれ?ネームプレートがないね?この病院は、何かわからんけどそういう方針なん?」
【コクリコクリ。】
男は、少し焦った様に何度も頷いている。
「まぁ後でゆっくり聞くからええか。。。ごめんやけど、ちょっと疲れたみたいやわ。少し寝よかな。」
雲雀はドッと疲れを感じていて、目を閉じ眠り始めていた。
男は雲雀の布団を直し、手を少しだけ握った。
そして、ポンポンと頭を撫でて、静かに部屋から出て行った。
*
3日後。
「どういう事だ、、、信じられない、、、何で、、、」
雲雀は、医師からの説明を聞いている。
どうやら、運ばれて来た時大怪我をしていたのだが、それが完治しているらしい。
しかもこの短期間で。
医学部生でもある雲雀は、説明されたケガの内容が本当であるなら、それは普通は絶対に有り得ない事だと理解している。
が、、、
何となく完治した理由はわかっていた。
3日前に出会った、身体の大きな男性看護師について何人かの医師や看護師に聞いたが、そんな人物はいないと言われていた。
やっぱり。
雲雀は天井の扇風機を見ながら、その事を思い浮かべている。
やがて医師たちは出ていき、雲雀とマネージャーの2人になった。
「どこまで覚えてはります?」
「撮影が終わって帰る途中、駅で線路内に落ちた男の人がおって、それを助けようとしたところまでかなぁ、、」
「じゃあ、運ばれる手前までですね。」
「で、その男の人はどうなったん?助かった?」
「難しい質問しますね、、、端的に言うと、亡くなりました。雲雀さんは電車に轢かれそうなその男の人をホームまで運ぶ事には成功しましたけど、その人は急性心筋梗塞で亡くなりました。」
「急な発作でホームに転落した感じやったもんね、、、そうなんや、それは残念やわ、、、」
「でも、遺族のみなさんは感謝してはりましたよ。あのままなら、電車に轢かれてて身体もバラバラになってたかもしれへんからって言うてはって。」
「そうなんや。でも、やっぱり悲しいわ。」
雲雀は、自分の無力さを責めている様であった。
「とりあえず、今は身体を元に戻しましょう。身体と言うより、体力を。」
マネージャーが励ますようにそう言うと、
「そやね。」
と、元気なく答えた。
「そや!何か飲み物でも買って来ましょか?ケガも大丈夫みたいですし、何飲んでもええでしょ?」
「クリームソーダ。」
「へ?クリームソーダ??」
「うん。買って来て。」
「どないしたんですか?いつもは、メロンソーダでしょ?何でアイスが入ってしもたんですか?」
「ええから。何か飲みたいねんて。買って来てよ。」
「全然ええですけど、、、ほな、ちょっと待ってて下さい。」
そう言うとマネージャーは席を立った。
自分でもおかしい事は分かっている。
でも、緑の中に白いアイスがあるクリームソーダが、どうしても飲みたい。
白と緑が一緒じゃないと、、、嫌や。
あの人は誰やったんやろ、、、
あの人は何やったんやろ、、、
もう会えへんのかな、、、
「でも、いつもお金払わせて悪いわ。クローゼットの中のカバン取って。お金渡すわ。」
「どないしました?事故の後、えらい優しくなりましたな。」
毒づく言葉を置いて、マネージャーはカバンを取り出そうとしていた。
「あれ?何やこれ?」
マネージャーは、白い封筒を雲雀の前に置いた。
「クローゼットにかかってる服から、この子が顔出してましたよ?事故の時に来ていた服ですか?何かその日にファンレターでも貰ってたんですかね。」
その封筒は心の奥で何とかシュレッダーにかけようとしていた感情を、再び昂らせるには十分であった。
雲雀は急いでそれに手を伸ばすと、封筒の上に書かれている綺麗な文字を見て涙が止まらなくなった。
【真山雲雀様】
絶対あの人や、、、、
嬉しい。。。
雲雀は泣きながら封筒を抱きしめていた。