【創作BL】通り雨 / イサノエ


「あ、雨だー」

 ノエルののんきな声に、イーサンが楽譜から顔を上げる。窓の向こうでは確かに雨が降っており、先ほどまでの青空とは打って変わって、灰色の雲がたちこめていた。

「イーサン、傘持ってきた?」
「折り畳み傘なら鞄に一応。……けど、通り雨だろうし、すぐ止むな、これは」
「そうなの?」

 こちらにやってきたノエルに、イーサンはほら、と持っていたスマートフォンの画面を見せる。今しがたイーサンが調べた天気予報のページでは、数時間ごとの天気は晴れマークないし曇りマークが並んでおり、イーサンが親指でスクロールした先にあったさらに詳細な予報には、一ヶ所のみ青い傘のマーク――雨のマークがついていた。

「夕方頃、通り雨に注意、とも書いてあるし」
「そっかぁ……よかった。さすがに折り畳み傘だと狭いもんね。絶対二人とも濡れちゃう」
「……俺の傘で帰る気満々だったのか、お前は」
「だって止まなかったら仕方ないでしょ? ずぶ濡れで帰るの嫌だし」

 あっけからんと言うノエルに、イーサンはため息をひとつ。確かにこれが通り雨ではなかったら、仕方なくイーサンの折り畳み傘にノエルを入れる羽目になったかもしれない。しかし、こう見えてもノエルは男だし、男二人で相合傘なんて、周りの目がどうこうというよりも先にまず狭い。以前、傘を忘れたベルトルトを入れてやったことがあったが、まあ狭かった。おまけに二人とも半身がずぶ濡れで、傘が意味をほとんどなさなかった。ベルトルトは体格がいいから、それと比べると小柄なノエルなら、前のようにはならないかもしれないが。

「イーサンは、雨、好き?」
「考えたことないな。まあ好きではないことは確かだ」
「ぼくも好きじゃないなぁ。湿度高いのは楽器にもよくないしねー。クラリネットとかオーボエとかはもっと大変なんだろうけど」

 雨が好きではない理由の一番最初に、楽器のことを挙げるのが普段楽器を吹いている人らしくて、そういえばノエルもフルートを吹くんだったな、とイーサンは思い出す。無事に発表会が終わり、合同練習がなくなった今では、ノエルが楽器を吹いている場面を日常的に見ることもなくなったから、頭から抜けていた。

「でも、新しい傘を買った時とか、雨の日が楽しみだったりするよね」
「そうか?」

 お前は子どもか、と思わずつっこみたくなったが、相手はノエルなのでつっこむだけ無駄だと思い直してつっこまないでおく。
 言われてみれば子どもの頃はそんなこともあったかもしれないが、今買うとしたら無地のなんのおもしろみもない傘だし、そもそも傘自体そう頻繁に壊れるものでもない。

「じゃあイーサンは何かあるの? 雨の日の楽しみ方みたいなの」
「雨の日の楽しみ方か……」

 指揮棒を手に持ったまま、イーサンは腕を組んで考え込む。先ほどの質問同様、そんなこと考えたこともなかった。そもそも雨というだけでなんとなく憂鬱だし、外に出るのも億劫になるし……考えれば考えるほど、嫌なことばかり連想してしまう。

「そうだなぁ……イーサンが好きそうなもの……。……あ、彼シャツとか!」
「……は? 彼シャツ? ……どういうことだ?」
「うーんとね、この間マリーが『イーサンってむっつりそう』って言ってたから、なんとなく」
「マリー……あいつ、人のいないところで……」

 ちなみにマリーことマリエラはオーケストラ部所属で、トップサイドというポジションであるゆえに学指揮であるイーサンと近く、イーサンもよく知る人物だ。彼女は人をからかうのが好きで、よくイーサンのこともからかっていたとはいえ、人のいないところで何変なことを言っているのだ、という話である。

「残念だったねぇ、通り雨で。彼シャツ見られなかったね」
「なっ、べ、べ別に俺は、そんなもの、期待してなんか」
「大丈夫だよ! イーサン身長高いし、ぼくはアンジェほどじゃないけど身長低いほうだし、ぶかぶかになると思うよ?」
「何が大丈夫なんだ、何が! というかなぜお前が着る前提で話が進んでいる」

 二人がそんな間抜けな話で盛り上がっている中、外では雨はすっかり上がって、晴れ間がのぞいていた。

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