【創作BL】雨降って地固まる / ベルアン

「ベル、再来週のコンサートの件なんだが」
「……」
「舞台配置のことで相談が――って、ベル? 聞いているか?」
「あ、あぁ、ごめん。何? イーサン」

 あれから――中庭でベルトルトがアンジェに声を掛けて、冷たく突き放されてから二週間が経った。あれ以来、ベルトルトはどこか魂が抜けた様子で、放課後はおろか、授業中までも常にぼんやりどこか遠くを眺めていた。誰かが名前を呼んでも一度では反応しないことがほとんどだ。

 二週間もこんな様子が続いていれば、あのノエルも含めて誰もがベルトルトの心配をしていたが、原因が原因なのでイーサンはどう説明していいか分からず、適当に濁していた。しかしそれもそろそろ限界だ。

「ベル、あまりこんなことを言いたくはないが……でも、いい加減、どうにかならないか?」
「へ? 何が?」
「何が、って……。思っていた以上に重症だな、これは」

 眉間にしわを寄せながら、イーサンは深いため息を吐く。おもむろにベルトルトが向けた窓の向こうにイーサンも視線をやるが、朝から降り続けている雨はまだ止んでいないらしいことしか分からなかった。

「お前はサークルの部長だという自覚があるのか?」
「あるよ。……みんなに迷惑をかけているという自覚も」

 続けて弱弱しく呟かれた台詞に、イーサンは説教を飲み込む。

「……だったら、あんなことなんかでうじうじ悩んでないで、そろそろ」
「あんなこと"なんか"、なんて言わないでほしいな、イーサン。アンジェだってコーラスサークルの大切な一員じゃないか。みんなに好かれるのは無理だとしても、メンバーと気まずい雰囲気でいるのは、嫌だよ僕」
「……それはそうだが、それにしたって、お前はアンジェに肩入れしすぎだと思うぞ?」
「だってそれは!」

 ガタッと音を立てて立ち上がったベルトルトに、教室中の視線が集まった。張本人のベルトルトは、あはは、と苦笑いを浮かべて、頭をかいてなんとかごまかして、今度は音を立てないようにゆっくりと腰を下ろした。

「……それは?」
「きっと、僕がアンジェのことを好きだから……かな」
「……今更か?」
「えっ?」

 ベルトルトからすれば一世一代の告白のつもりだったのに、予想外にイーサンの反応が薄くて、ベルトルトは困惑する。どうやらイーサンにはお見通しだったようだが、もしかしたら他にも分かり切っている人がいたりするのだろうか。それはちょっと困るなぁ、とベルトルトは腕を組む。

「まあ理由はなんにしろ、いい加減どうにかしろよ、ベル」
「……うん。近いうちになんとかするよ。心配かけてごめんね」


     * * * * *


「それじゃあ、今日の練習はここまで」

 サークルの練習が終わり、みな口々にお疲れーなどと労いの言葉を言い合いながら、各々教室を後にする。

 部長のベルトルトは練習を締めた後、ドアへ向かおうとごった返す人の間を縫いながら、目的の人物を探していた。

 その人物の身長が小さいのは、身長の大きなベルトルトにとって、探しやすいのか、そうではないのか。パートが離れているせいで、もしかしたらベルトルトが見つける前に帰ってしまうかもしれない。

 様々な不安を抱えながら探し回っていると、すでに帰り支度を終え、窓枠にもたれかかってドア周辺の人口が減るのを待っている、目的の人物がいた。

「あ、あのね、アンジェ。ちょっと話があるんだけど……っ!」

 思わず手を伸ばしながら名前を呼ぶと、その人物――アンジェは顔を上げて、ベルトルトの瞳をまっすぐに捉えた。

「よかった、アンジェ、まだ帰ってなくて。ちょっと話があるんだけど、少しだけ――」
「――ん」
「え?」
「……ごめん」

 ベルトルトが普通の声で話して聞こえる距離まで近づいたのを確認して、アンジェは口を開く。それでもベルトルトが聞こえなくて聞き返すと、目を伏せて、今度は先ほどより少し大きな声で、確かに彼は謝った。きょとん、とベルトルトは足を止めてほんのり頬が赤い気がするアンジェを見下ろす。

「この間は、その、ごめん。……きつく言い過ぎた」

 ごめん。もう一度謝るとアンジェは頭を下げた。

 そんなに謝らなくていいよ、頭を上げてよ、言いたいことはいろいろあったが、言葉にならずにただただアンジェの銀髪をきょとんと見下ろすことしか、今のベルトルトにはできなかった。

「こんなおれに、普通に接してくれて、どうしていいか分からなくて、それで、なんていうか……」

 少しだけ頭を上げつつも、アンジェは頭を下げたまま続ける。

「……アンジェ」
「うわ!」

 ベルトルトがアンジェを力いっぱい抱きしめていたのは、無意識のうちだった。

「よかった……。アンジェに嫌われたんじゃないかと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。本当によかった」
「……だから、本当に悪かったって」
「ううん、僕も悪かったよ。はじめてアンジェの歌声を聞いた時、なんてきれいな歌声なんだろう、なんて楽しそうに歌うんだろうって、それからアンジェのことが頭から離れなくて」

 抱きしめられている状態で顔が見えないとはいえ、さらりとそんなことを恥ずかしげもなく言われて、アンジェはベルトルトの胸板に顔を埋めながら、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。

「……だから」

 ベルトルトは腕の力を弱め、アンジェを解放する。やわらかなバリトンにアンジェが思わず顔を上げると、笑みを浮かべているベルトルトと目が合った。

「アンジェが僕のこと嫌ってないって分かって、すごくほっとした。……これからも、アンジェの歌声を、聞かせてもらってもいい?」

 そっと、大切なものに触れるように、やさしくベルトルトはアンジェの頬に触れる。その手をどけることはできなくて、ベルトルトのやさしい視線から逃れるようにアンジェは目を伏せて、それから、かすかに首を縦に振った。

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