【創作BL】たとえば、の話 / ベルアン+イサノエ


「えーと……これはたとえばの話、だが」

 居残って譜読みをしていたイーサンが突然もごもご切り出す。少し離れたところで読書をしていたベルトルトが、なんだい、と顔を上げる。

「その……ベルトルトは、アンジェと」
「アンジェと?」
「付き合えたら……とか、そんなことは考えていたりするのか?」

 ベルトルトはアンジェが入学して間もない頃、今はほとんど使われることのないほうの中庭で、アンジェがひとりで歌っていたのを聞いてすっかり虜になってしまったのだという。それからというもの、ベルトルトはアンジェに構い続け、今日も成果は得られず、それでも現在に至るまで懲りずにベルトルトはアンジェに接し続けている。

 アンジェの声は稀少なボーイソプラノで、その実力は学生指揮者のイーサンも認めている。それは分かる、分かるのだが、いくら実力が本物だといっても本人の性格はまた別物だ。とにかく奴は不愛想で、歌う時以外は一切声を発しない。つまり、会話が成り立たないのだ。それでも今日の天気からサークルの話、そしてプライベートに至るまで毎日のように懲りずに話しかけているベルトルトは、褒めていいのか分からないが、イーサンはその努力はすごい、とは思っている。

「アンジェと? ……僕が?」

 するとベルトルトは意外そうな顔をした。うーん、と腕組みをして少し考えた後、ベルトルトは口を開く。

「そうだなぁ……考えたこともなかったけど、そうなれたらうれしいかもしれない」
「……考えたことなかったのか?」

 今度はイーサンが意外そうな顔をする番。

「ほら、最近はアンジェが会話してくれるようになったから、それがうれしくて」

 ほら、と言われても。聞いてくれ、さっきアンジェと会話できたんだ、とうれしそうに報告されることは何度かあれど、イーサンはほとんどその現場を見ていないので、なんとも言えなかった。イーサンは、コーラスサークルに入って自己紹介をした時しか、アンジェが声を発したところは見たことがない。

「会話っていっても、あいつはしゃべってないんだろ?」
「しゃべらなくても分かるよ」

 イーサンの頭の上に、クエスチョンマークがいくつも浮かぶ。果たして、それは会話と呼ぶのだろうか。

「そういうイーサンは、ノエルと最近どうなんだい?」
「は?」

 思わず聞き返してしまったのは、意味が分からなかったから。

 コーラスサークルのイーサンとオーケストラ部のノエルはひょんなきっかけから知り合い、毎年恒例の合同行事の練習で再会し、以降仲を深めている。……というよりも、人懐こい性格のノエルが一方的に懐いているようなものだが、イーサンもまんざらではなさそうな様子だ。

「どう、と言われても、別に、としか」
「それこそ付き合いたいとか思わないの?」
「……思うわけないだろう?」

 ベルトルトはどうか知らないが、イーサンは今までに異性にしか好意を抱いたことがない。だから、ノエルと――? と言われても、どこから突っ込めばいいのか分からない。
 一応言っておくが、イーサンは同性愛自体を否定したいわけではない。あくまで自分自身は、というだけの話だ。

「あんなかわいい子、もったいない」
「かわいいって、男だろうが」
「今日び男も女も関係ないよ」

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