【創作BL】聞くに聞けない / ベルアン(+イーサン)
人は、自分に好意的な態度をとってくれる人を好きになるものだと思う。少なくとも、敵意むき出しの人のところへは、好き好んで行かないだろう。……よっぽどのもの好きでなければ。
自分の声が嫌い、だから誰とも話したくない、話しかけるな。周囲の同性が徐々に変声期を迎える頃から、アンジェは特に外では声を発さなくなった。それまで仲良くしていた友人たちからも、からかいの対象になり始めたことがきっかけで、距離をとるようになった。
誰かに嫌われることは、簡単だった。
それはアンジェが大学生になった今でも続いていて、彼が学校の敷地内で声を発したのは、歌を除くと、コーラスサークルに見学に行った際に自己紹介した時のみである。そんな彼のことだから、友人と呼べる存在はひとりもいなかった。正確には、アンジェを友人だと勝手に思っているのは何人か知っているが、アンジェが友人だとは思っていない、になるが。
「やあアンジェ」
そんな、アンジェを友人だと勝手に思っているうちのひとり、ベルトルトがベンチで休憩中のアンジェに声を掛けると、アンジェは露骨に嫌そうな顔をした。しかしベルトルトは気にする様子はなく、にこにこと人当たりのいい笑顔で勝手に隣に腰を下ろす。
「休憩中? めずらしいね、君がこっちの中庭にいるなんて」
話しかけてくるベルトルトを無視して、アンジェはペットボトルを傾けた。
ベルトルトはコーラスサークルの先輩で、部長兼、バスパートのパートリーダーを務めている。部長でもあり、パートリーダーを務めているくらいだから、当然人望もあり、そんな彼がなぜ自分なんかにこれほどまでに興味を持つのか、アンジェには理解できないし、したくもなかった。気になるといえば気になるが、どうでもいい、という気持ちのほうが勝っていた。
「ところでアンジェ、お昼はまだだったりする?」
ベルトルトの質問に、アンジェは空のパンの包みをわざと音を立ててポケットに詰め込むことで、もう食べたアピールをしてみせる。
「そっか、残念だな。購買でサンドイッチを買ってきたんだけど、まだ余裕があるなら――あ、行っちゃった」
今に始まったことではないが、懲りないベルトルトがいい加減今日も鬱陶しくなり、アンジェは立ち去る。その背中を、ベルトルトは見えなくなるまでじっと視線で追いかけていた。
「ベル、ここにいたのか」
「イーサン」
さっきまでの出来事に思いをはせていると、ひと足遅く購買で用を済ませたイーサンがやってきた。
「アンジェがいたから声を掛けてみたんだけどね」
いつもの笑顔だが、それ以上にハッピーなことがあったんだ、と言わんばかりのうれしそうな顔を見て、イーサンはため息をひとつ。わざわざ言わなくても、ベルトルトの顔を見ればすぐに分かる。
「お昼食べた? って聞いたら、食べてないって返してくれたんだ」
「……しゃべったのか? あいつ」
「いや?」
わけが分からなくて、イーサンは数秒固まった後、眉間にしわを寄せる。
アンジェと会話ができたのならそれはすごいと思うが、ベルトルト曰く、アンジェはしゃべっていないらしい。それは会話というのか? というイーサンの内なる疑問は、笑顔のベルトルトの前では聞くに聞けなかった。