おさわがせ伴奏者
「学指揮のイーサン・グレイだ。至らないところもあると思うが――」
「伴奏希望、ルカです!」
入部してくれた一年生の自己紹介が終わり、二年生に移ったところで、勢いよく開いたドアの音がイーサンの自己紹介を遮った。何事かと全員の視線が一斉にそちらに向く。
「あ、イーサンだ! よかったぁ、コーラスサークルの部室ってここだよね?」
「……お前な」
その張本人は視線を気にすることなく、自己紹介のために起立していたイーサンのほうへ向かって歩み寄ると、空いている席はないかきょろきょろと辺りを見回す。それに気付いたハルが、こっちこっちと手招きして隣の空いている席を指さす。
「ありがとう! ……っと、自己紹介の途中だったんだよね? 続けて続けて」
「……あのな、ルカ。お前は遅刻してきたんだぞ? 何か言うことはないのか?」
さすがにたまりかねたイーサンがため息と共にルカを睨む。ルカは人差し指を頬にあてて、んー、と少し悩んだ後、唐突に音を立てて席を立った。
「あっそうか! 遅れてごめんなさい! 改めて、伴奏希望のルカです! みなさんよろしくお願いします!」
ぺこり、頭を下げるルカに、ちらほらと拍手が沸く。イーサンは頭を抱えたが、形はどうあれイーサンが欲しかった謝罪があったので、とりあえずその場ではよしとしておいた。
* * * * *
「で、ルカ。遅刻した理由はなんなんだ?」
自己紹介タイムが終わった後の休憩時間。真っ先にイーサンのもとにやってきたルカに、イーサンは尋ねる。
「だってイーサンが勝手に先に行っちゃうから……」
「人のせいにするな。まあどうせ、お前のことだから、迷子になっていた以外に理由は考えられないがな」
「迷子じゃないよー?」
「迷子の奴は決まってそう言うんだ」
けろっと言うルカに思わずイーサンは本日何度目か分からないため息を漏らす。
ルカは超がつくほどの方向音痴で、よくイーサンの手を煩わせていた。ルカが入学してすぐ、コーラスサークルに行きたいのだが教室が分からないので教えてほしい、とルカが声を掛けたのがたまたまイーサンだったから、というだけの理由でなぜかイーサンはルカの保護者のような役割になってしまっていた。
ルカの話によると、最初は音楽室に行ってしまってオーケストラ部に入部しそうになり、次に辿り着いたのは演劇部で、人が足りなかったらしく入部させられそうになり、その次は調理室、その次は――と、今回もいろいろと冒険してきたらしかった。
「あのさぁ、さっきから気になってたんだけど」
さすがのイーサンもツッコミに困っていると、話しかけてきたのはハル。
「ん? ボク?」
「そう。お前って女? 男?」
じーっとルカを頭からつま先まで見つめてみるが、女のような、男のような。声は低いのだが、容姿はどちらとも言い難い。どちらもジョゼという例もあるし、決めるのは難しかった。
「あはっ、どっちだと思う? って、声で分かっちゃうと思うけど」
「……てことは、男?」
「そうだよー。ごめんねー、勘違いさせちゃった?」
笑いながらルカが言う前で、ハルは膝から崩れ落ちる。その後ろでは、ミケがお腹を抱えて大笑いしていた。