社会人作家の憂鬱
「忙しい」とは心を亡くすと書くけれど「やることがある」というのは良いことだと思います。やることがないと永遠にぼーっとしてしまうし、暇潰しは得意ですが退屈は苦手です。
ありがたいことに作家としてやることがあって、それは何かを書くことだったり、考えることだったり、作ることだったり、時には話すことだったりする。頼まれて引き受けた案件もあれば、誰も頼んでいないけれど自主的にやっていることもある。つまりは「忙しい暇人」です。
一方で平日の朝から夜は会社員として勤務しているので、この時間は作家業ができません。会社勤めは作家を始める前からしており、元々派遣で入社したのちに正社員登用していただき、そろそろ5年になります。
今は完全リモートですが銀座まで出社していたときは、就業中にアイデアが浮かんだ場合デスクの付箋にメモしてスカートのポケットにつっこんでいました。しかし帰宅したわたしがポケットの中を確認することはめったになく(忘れている)、数日後同じスカートを着たときに新たな付箋をポケットにしまおうとすると、先客がいることに気づきます。
読み返すと、ひたすらに謎の文言が並んでいたりする。なんだこれ。こんなものを仕事中にこっそりポケットにしまったなんて。しかしきっと数日前のわたしは、それを「ナイスアイデア!」だなんて思っていない。なんでもいいから思いついたらとりあえず記録せねばと、忘れないうちに急いでペンを走らせたのだと思うと、ホコリのついた意味不明でぐしゃぐしゃな付箋も、無碍にはできなかったりします。
本気なら作家1本にしなよとか、社会人の暇つぶしとか、言われたことが何度もあるけれど、本気だからどちらも頑張るべきだと思っています。
会社員である時間は、生活していくために、また一般的な大人として必要な時間だと思っています。就活も社会人の経験もしたことがなく、温室でぬくぬく生活していたわたしには。
裏方である作家をしていて、社会人経験に救われたことは幾度となくあります。作家のときには使っていない脳を、会社の仕事では使っている気がします。
とはいえ社会人作家、という呼称はちょっと苦手です。○○作家だったら美人作家がいい。どなたか呼んでください。努力するので!(ラーメンおいしい)
実はWワークの自覚がほぼないに等しかったりします。作家業に関して仕事という認識が薄いのかもしれない。好きなことなので。
やりたいことを仕事にするのって、プロ意識は大切だけれど、仕事と認識したら、なんだか自分のなかの砂のお城が崩れちゃいそうな気がする。
もちろんこの好きなことだけやってごはんを食べていけたら最高に幸せだと思うのですが、マイペースなフリーランスはまだまだそこに達していないし、達するために会社を辞める勇気もありません。また、その必要もないと感じます。こんな情勢でも解雇せず居場所を用意してくれる今の会社にめちゃくちゃ感謝しているので、今以上に会社員の時間が惜しくなるほど作家業が増えない限り、続けていけたらいいなと思っています。