
疲れる人間関係、全部終わらせる
「人間関係に疲れ切ってしまった。もう限界かもしれない」 「なんでいつも、こんなにストレスを抱えているんだろう」 「できれば全て切りたいけれど、どうやって終わらせればいいのかわからない」
もし、こんな気持ちを抱えているなら、まずは一度立ち止まって、自分が今どれほど消耗しているかを確かめてほしい。周囲の人からは「我慢が足りない」「みんな同じだよ」と言われるかもしれないが、本当にそうだろうか。
生きていれば誰しも、多少のストレスはある。けれど、人間関係のストレスというのは、あまりにも心を蝕みやすい。職場の同僚、ママ友、親戚付き合い、SNSでつながった顔も知らない人たち。なぜか絶えず気を遣い、嫌な思いをする場面が多いなら、一度「関係をリセットする」という選択肢があってもいいはずだ。
リセット、離脱、断捨離。表現は人それぞれだが、大人になるとどうしても無理に続けている人間関係が増えがち。そこには、お互いにメリットがあるようで実はない「惰性の関係」もあるかもしれない。あるいは、一方的に搾取されるばかりの不健全なつながりもあるだろう。
本当は切りたいのに、「相手が傷つくかもしれない」「迷惑がかかる」「周りから悪く言われそう」などの不安が先行し、なかなか行動できずにいる。けれど、そのまま我慢を続けるうちに、心が壊れるほどの大ダメージを負ってしまう人を、これまで何人も見てきた。
このノートでは、疲れる人間関係を「全部終わらせる」ための具体的な方法を、自分の体験談と実践ノウハウを交えて紹介する。「すべてを切ってしまうなんて、そこまでしなくても…」と感じるかもしれないが、追い詰められた人にとっては、強い言葉である「全部終わらせる」がちょうどいいスイッチになることもある。
関係を切るのは、ネガティブな行為ではない。むしろ、自分を守るために必要なアクションだ。人によっては、一気に全部切る必要はないだろう。段階的にフェードアウトしていく場合もあれば、最初は「いや、そこまでできない」と思う人もいるかもしれない。それでも、今よりも明らかにストレスを減らしたいなら、一度「関係を整理する」という発想を持ってみてほしい。
本編では、まず自分がどんな経緯で「人間関係の大リセット」を決意したのか、どんな過程で乗り越えてきたのかを率直に語る。そこに嘘やきれいごとは挟まない。きれいごとではなく、リアルな感情や痛み、罪悪感、そして解放感を綴る。
そして、実際にどのように終わらせていったのか。たとえば下記のような質問に答えていく。
・なぜリセットが必要だと判断したのか
・相手に直接伝えたのか、それとも自然消滅を狙ったのか
・家族や職場など、逃げにくい関係はどう処理したのか
・リセット後、寂しさや罪悪感をどう乗り越えたのか
リセットの先には、何が待っているのか。結果として得られた自由、そして「これならもっと早くやっておけばよかった」という後悔さえも含め、本音で書く。有料パートでは、具体的な離脱のステップや、バレにくいフェードアウトのコツなども踏まえ、今まさに「疲れる人間関係に振り回されている人」がすぐに使えるマニュアルを提示する。
もし一瞬でも「もうすべて終わらせたい」と思ったことがあるなら、ぜひ続きを読んでみてほしい。ここで終わらせるか、それとも一生付き合うか。どちらを選んでもいいが、僕は「終わらせる」という選択肢があることを伝えたい。そしてそれは決して無責任なやり方ではなく、あなた自身を守るために正当な権利でもあるのだ。
どうして「全部終わらせる」という言葉が必要だったのか
小さい頃から、どこか「周りに合わせるのが当たり前」と思っていた。例えばクラス内のグループ、近所付き合い、親戚との行事。嫌だと思っても、「みんなやってるんだから」と言われると断れない。そのうち、「我慢するのが普通」とさえ思うようになる。
社会人になってからも、その感覚は変わらなかった。職場の飲み会、仲間内の集まり、趣味のサークル…当初はそれなりに楽しかったはずが、気づけばストレスの根源になっていることが多い。特に厄介なのは「付き合いが長いから、今さら抜けるなんて言えない」状態だ。
しかしある時、「なんだかずっと苦しい」という状況に陥った。メールやメッセージのやり取りが億劫で、返信を後回しにしてしまう。誘いがきても気が重い。それでも断らずに参加するも、帰宅したときにはどっと疲れていた。相手は悪い人たちではないのに、なぜこんなに苦痛なのか。
いちばん大きなきっかけとなったのは、ある趣味仲間との関係だった。最初は好きな音楽が共通点で盛り上がり、毎週のようにライブやイベントに行く間柄だった。だけど、徐々に「こうしなきゃダメ」「なんでこれをやらないの?」という口うるささが増え、自分はそこまで深く踏み込みたくないのに、相手が当たり前のように予定を決めてしまう。もともと楽しむための趣味のはずが、いつのまにか「義務」になり始めていた。
人間の厄介なところは、「こういうものだろう」と思い込むと、抜け出す選択肢が頭に浮かばないことだ。自分も何度か「ちょっと距離を置きたい」と言おうと試みたが、相手に悪い気がして言えずじまいだった。そのたびにストレスが溜まり、「もういっそ全部終わらせたい」とさえ思うようになった。
この「全部終わらせたい」というフレーズは、ネガティブな響きかもしれない。けれど、その時の自分には、この強い言い方でないと決心できなかった。少し距離を置くとか、一時的に休むとか、曖昧な逃げ道はいくらでもある。けれど、曖昧なままでは相手からの誘いも途切れず、結局ズルズルと続いていくだけ。だからこそ、思い切ったフレーズが必要だったのだ。
結果として、僕はその趣味仲間との関係を終わらせた。いや、正確には途中で迷いもあったし、完全に縁を切ったわけではないが、少なくとも「一緒に活動し続ける」という状態はやめた。初めは怖かったし、相手を裏切るみたいで自分を責めた。だけど、そこから得られた解放感は想像以上だった。
この章では、自分自身がどうして「全部終わらせる」という極端な思考に至り、実際に動き出すまでの経緯を綴った。結論から言えば、その強い言い方はある種の自己防衛だったのだと思う。これだけ言わないと、自分でも決心がつかない。だから、もしあなたも同じように悩みながら踏み切れずにいるなら、この先の章で具体的なステップを提示するので、ぜひ参考にしてほしい。
リセットへの葛藤と、踏み切れない理由
「人間関係を終わらせるなんて、無責任じゃないか」「相手にどう思われるかが怖い」という葛藤は、誰しもが抱くだろう。特に日本の文化では、和を乱さないことや、空気を読むことが美徳とされており、一度できた人間関係を壊すのはタブー視されやすい。
自分が実際にリセットを考え始めた頃も、「相手は大切に思ってくれているかもしれない」「一方的に離れるなんて人間失格では」と悩んだ。また、共通の友人が多ければ、多方面への影響を考えて躊躇するだろう。結果、「ここさえ乗り切れば大丈夫」と自分を騙し騙し、また1年、また半年……と先延ばしにしてしまう。
しかし、結果として何が起こるかというと、心の疲弊が膨れ上がり、ある日突然爆発する。自分の場合は、夜眠れなくなるほど精神的に追い詰められ、「もう無理」と思って関係を絶つ形になった。もし、もう少し早い段階で「辛いのでやめたい」と伝えていれば、もう少し穏便に別れられたかもしれない。
この「踏み切れない理由」は、大きく分けると二つあると思う。一つは「相手への罪悪感」。もう一つは「自分への不安感」だ。相手がどんな反応をするか怖いから踏み出せない、また、これまでつながっていた人を失うことで自分が孤独になるのではないかという恐れがある。要は「離れるのは不安だが、続けるのも不満」という板挟み状態なのだ。
罪悪感を100パーセント消すことは難しい。なぜなら、人間は社会的な生き物だからだ。ただし、自分の心の健康を犠牲にしてまで関係を続けるのが本当に正しいかどうか、視点を変えてみてほしい。自分が疲弊してボロボロになった状態で、相手に対しても優しい態度を取り続けることなどできるのか。結果、関係が歪み、いつか相手との軋轢が生まれる可能性だって高い。
罪悪感はあっていい。でも、だからといって何も行動しないままズルズルと続けるのは、どのみち誰にとっても得策ではない。結論から言うと、踏み切れない最大の理由は「関係を終わらせることより、今の何とも言えないストレス状態を続けるほうがマシだ」という思い込みにある。
自分が最終的に踏み切れたのは、「今のままのほうが絶対に最悪だ」と確信した瞬間があったからだ。日常的な憂鬱感、苦痛、相手に伝えられないモヤモヤ……それらを抱えて生きていくより、一時の罪悪感やトラブルを承知で関係を終わらせたほうが、はるかに健康的だと思えたのだ。
ここから先は
¥ 2,980
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?