太母と六人の人間

※残酷な描写(共食い、拷問、死体など)があります。









◆◆◆

 その昔、人間は自分たちを守り育む太母の恩恵を受けて、長い間平和に暮らしていた。しかしそれも長くは続かなかった。

 周りのありとあらゆる植物が枯れ始めた。村でも大凶作と大飢饉が起き、村人たちの間で共食いや殺し合いまで起こる事態に。

 それだけでなく、空から伸びる触手に人間が喰われる現象も次々発生。若い娘シカの家族も日に日に一人ずつ姿を消していく。残った家族に家にいろと言われ、その日もシカは家で空の脅威に怯えていた。空に喰われる人間のほとんどは女性ばかりだった。

「あの時は、よくも俺の妹を殺してくれたな」
「お前こそ、空に喰われるが良い」

 家の外からは、村人たちの諍う罵声と武器の音が聴こえてくる。彼らも生き残りたい、しかしいつ喰われるか死ぬかわからない恐怖でうろたえているのだ。村人たちの争いを傍観し、シカは窓越しに空を見上げた。何本もの触手がうごめく恐ろしい空は、どこか苦しげな表情をしているようにも見えた。

「空だって、本当は苦しんでいるんだ。人間と同じように、助けを求めているんだ」

 空に助けを求められている。そう感じたシカは、家族が止めるのもかまわずに家を飛び出した。心優しい彼女は自ら、空に喰われに行くのも恐れず。

 その時、彼女の体に空の色の触手が巻き付き、次の瞬間、シカは亜空間に飲み込まれ消滅した。

 その後も村では不作や共食いが続いた。

 そんな中、一人の若者ヘビは、共食いをする過激派複数人を片っ端から殺しては死体を空に最も近い山頂まで運ぶ日々を送っていた。

 共食いを鎮めるためだけではなく、幼少期に妹を殺された過去から、罪のない人が理不尽に傷つくぐらいなら、代わりに殺人者が空に喰い殺される方がまだ良い、とヘビは考えていた。

 空が人間を喰う以前から、ヘビは窃盗や殺人を犯した者を殺しては生計を立て、被害者からも感謝されていた。しかし善意とはいえ殺人行為であることは変わらず、一部の村人からは反発、特に過激派の遺族からは恨みを買うことになってしまう。

 そしてある夜、遺族に捕らえられたヘビは、激しい拷問の末に目も当てられない残虐な方法で処刑された。

 ヘビが殺された後、空の人喰いと人間同士の共食いはさらにひどくなった。

 そこで、もう一人の若者サルは仲間たちとともに空を倒そうと目論んだ。空はどんな猛獣よりも大きいから無理だ、そもそも空を倒すことはできない、それは運命だという声もあった。それに対してサルは反論を用意しておいた。村の惨状を黙って見ておけるものか、できることならみんなで助かりたくないか、とサルは村人たちを説得するのだった。

 妹イヌに別れを告げ、サルは仲間たちとともに空に最も近い山頂を目指して旅立った。ヘビが殺される以前、山頂では死体の山が放置されていたが、今は喰い尽くされたのか、死体がほぼ見当たらない。

 突然、空から空の色の触手が何本も降りてきた。サル一行は武器を構え、触手に攻撃したが、巨大な触手たちはびくともしない。命の危険を感じ、サル一行は近くの大木の森林へ避難した。

 ここなら安全と思いきや、太く巨大な触手は大木でさえ軽々と引っこ抜いてしまった。やがて大木は空の向こうへと運ばれた。

「大木も喰われるのか」
「近くに狭い洞窟がある」

 仲間の一人が狭い洞窟に逃げようと呼びかけ、サル一行はその洞窟へ避難した。洞窟は人間一人が通れるかも怪しいほど狭苦しかったが、今は文句を言う場合ではない。

 ここなら触手も来れまいと思いきや、突如、何かがひび割れ崩れ落ちる音が響いた。強く巨大な触手は硬い岩石をも破壊。そして岩石も空の向こうへと運ばれた。

「岩石も喰われるのか」
「危ない!」

 次の瞬間、サルの頭上に岩石が衝突した。

 村人たちが言った通り、空の力は圧倒的で、サル一行は一撃も加えられず全滅してしまった。

 ますます空の暴走が悪化する一方、村人たちができることはただ死の恐怖に怯えることだけだった。

 そんな中、サルの妹イヌは自身も同様に、人々を救う方法を探すため、神殿へ訪れる。神殿では巫女リスが太母の言葉を聞き、戦士トラが神殿を守護していた。イヌはリスに、なぜ空は人間を喰うようになったのか尋ねる。リスは悲しげな表情で空を見上げ、答えた。

「あの空は太母様のもう一つのお顔です。空が怒っているのは、太母様が苦しんでいるからです」
「苦しんでいる? 私たちのせいで?」
「いいえ、私たちの住む世界の外にも別の広い世界があります。太母様は今、外の世界から執拗な攻撃を受け、その激しい痛みに苦しんでいるのです」
「それはひどい。太母様が何をしたっていうの?」

 憤るイヌに、トラが毅然とした態度で言った。

「私にもわからないが、大事な太母様を傷つけるやつは絶対に許さない」

 太母のことを詳しく調べるため、イヌは家へ戻って本を読み漁った。すると、自分たちのいる世界における人間の起源と歴史が書かれた資料を見つける。

 資料によれば、今自分たちのいる世界は一人の精霊の体内に展開されているという。精霊は人間たちから「太母」と呼ばれている。リスの言う通り、太母の体外には広大な世界が広がっているとのこと。太母も外の世界では、あまねく小さな住人の一人に過ぎないのだ。

 資料には、太母の体内に人間が住み着くようになった経緯も書かれていた。

 "家より一回り大きい女の精霊は、体内にもう一つの顔を持ち、小さな象から大きな島まで何にでも変身できる。

 ある時その精霊は、迫害から逃げていた人間の一族と出会う。心優しい精霊は彼らを守るべく、船のような姿に変身。一族を自身の体内に住まわせた。精霊は体内にあるもう一つの顔を通して、一族を見守った。

 こうして一族を守り育む世界そのものとなった精霊は、やがて一族から「太母」と呼ばれるようになる。"

 しかし、ここで物語が終わったわけではない。物語の最後には、未来に起こるであろう出来事の予言やことわざも書かれてある。

「我々はいつまでも、太母の体内にいられるわけではない」
「我々が心から太母を信じても、太母はいずれ空から触手を伸ばして、我々を滅ぼすだろう」

 予言は現実となり、太母はすでに多くの人間や生き物を空色の触手で喰い殺し、草木も枯らしていた。今の恐ろしい形相の空は、太母の体内にあるもう一つの顔だった。

「空はどんな猛獣よりも大きい。どんな猛獣も空を倒すことはできない」

 どれも悲しい言葉であった。最後の一言も、例外ではない。

「空から逃げたければ、太母の世界から脱出するしかない」

 イヌは急いで、神殿に村人たちを全員集合させた。

「私たちが生き残る方法はただ一つ、まったく知らない新しい世界に逃げるしかない」

 イヌの説得を聞いて、村人たちはほぼ全員が逃げることを選んだ。しかし唯一、リスだけは太母の世界に留まることを選んだ。太母の気持ちを理解し、その言葉を伝える役目のリスは、体内から太母を支えたいと言う。

 当然、イヌはリスの主張を否定した。

「だめ、中にいたら危ないよ!」

 リスに考えを改めるようイヌが促そうとしたところへ、トラが現れた。

「大丈夫だ。万が一、太母様に何かあったら、私が外の世界から太母様を助けるからな」
「そうです。トラと私で協力して、太母様を助けます」

 しかしイヌは不安を拭えない。

「でも、危ないよ!」
「太母様も、大きいように見えて一人では生きていけないのです」

 リスのこの言葉を受けて、イヌは大切なことに気づかされた。

 結果的にイヌはリスの意思を尊重し、トラとともにリス以外の村人全員を誘導し、外の世界へ脱出した。外の世界への出口近くで、イヌたちは今まで自分たちを優しく見守ってくれた太母に感謝した。

「太母様。今までありがとう」

 全員脱出成功し、トラと別れた後、イヌたちは外の世界で暮らすことになった。

 一方、体内に残ったリスは言葉をかけ、体外のトラは攻撃者から守るなどで、二人で協力して太母を支える役割を担うことになった。

 二人のおかげもあって、太母の傷は回復し、暴走も徐々に収まっていった。そして今は心穏やかにのんびり暮らしているという。

おわり

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