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5.愛され上手の弟

両親にとっては、弟だけが救いだっただろう。娘がこんな出来損ないなのだから。
そんな出来損ないの娘からしたら、弟は憎しみの対象だった。なぜかというと、私より出来損ないのくせに私より愛されたからだ。

2歳ちがいの弟は、とにかくかわいかった。女の子みたいな顔に、ちいさな手足、子供らしい性格といった、大人を虜にする子供だった。保育園の先生は、贔屓するぐらいかわいかったと言っていたらしい。
弟には、愛される才能があった。

小学校に上がって初めての参観日。
本を読むことが大好きだった私は、他の子に比べてすらすら音読をしていた。弟は席に座りつづけることすら難しく、教科書で紙飛行機をつくって遊んでいた。「元気でよろしい」と、弟がかわいがられた。

多動男児に目をつけられ学校に行くことが怖くなった小学5年生。同じ年齢で弟は、同級生の女の子の缶ペンケースを椅子で壊した。
私と相部屋だった子供部屋も、弟の勉強机側の壁に弟の字で落書きがあったのに、弟は「やっていない」としらを切り、疑った私が怒られた。
姉弟喧嘩の際、大事にしていたゲームを壊されたが、弟にお咎めはなかった。

反知性主義の両親は、本や絵が好きな私より、サッカーをする弟をかわいがった。
中学生に上がり携帯電話が欲しかった私は、母の「期末テストで学年半分以上の順位で買ってあげる」という約束を守り、勉強をして携帯電話を買ってもらった。弟は、「姉が持っているから」という理由で何の制限もなく買い与えられた。
癖毛だった私は「ストレートパーマをあてたい」というお願いを聞き入れてもらえず、「だったらストレートアイロンが欲しい」というお願いをしたがずっと却下され、中学3年の終わりにやっと買ってもらったが、弟は「姉が持っているから」という理由で何の制限もなく買い与えられた。

私が知っているだけでも、「未成年で煙草を吸い隣の畑にゴミを投げ隠ぺいした」「成人向けの血が飛び散るゲームを母が代わりに買い与えた」「バンドをするからドラムセットを買い与えた」「就職の際、新車を買い与えた」など、私からしたら羨ましい限りの貢がれ方をされている。
私は小中高の歯科検診で毎回「歯列矯正推奨」というお達しがあり、学校外の歯医者でも「親呼んでこい」と言われるレベルで歯並びが悪かったのにそれさえ無視され、30歳になる直前にやっと実費で歯科矯正に踏み込めた。
こんな明らかな差をつけられた教育をされると、よほどのバカじゃない限り気付いてしまうわけで、その差が広がれば広がるほど弟を憎むようになった。

高卒で父が勤める大手鉄鋼メーカーの子会社に就職したが、先輩と反りが合わず退職。先に辞めた先輩が会社を立ち上げ、事業コンサルティング業務を始めるが、何カ月も給料が未払いのため母が会社を辞めさせた。それからは携帯電話販売や不動産営業をしていたが営業が肌に合わず、本人が「一生しない」と言っていた工場勤務を視野に入れ始めた。
何度か父のいる大手鉄鋼メーカーに履歴書を送ったらしいが、もちろん書類落ち。そんな現状に弟は、「父さんの会社に入りたいから何とかしてほしい」と父に言ったそうだ。
しばらく経って父から「中途採用がある」と伝えられ、再度履歴書を送付。すると一度も通らなかった履歴書がすんなり通り、面接にこぎつけた。
怪しいと思った私が父に問うと、「うちの息子が書類を送ったから通してやってくれ」と人事の後輩に頼んでいたらしい。その後輩は、入社してからずっと父が世話をしていた人だった。
晴れて弟は、倍率の高い大手鉄鋼メーカーになんの努力もせず中途入社できた。さらに話を聞くと、面接会場にいた人は全員受かるとのことだった。弟は、書類が通った時点で入社確定だったというわけだ。ほんとうに、やりきれない思いだった。
私が何度も何度も不合格をもらっているそばで、弟はなんの努力もせず大手企業に入社できているなんて。くやしくてたまらなかった。

いわゆる「コネ入社」は今までも見てきた。
中途退学した教育学部でのこと。まず、入試だ。
同じクラスの友人は、本命の入試時にインフルエンザにかかってしまい受験できなかったそうだ。受けた試験はすべて落ち、行ける大学がなかったところ、小学校教頭をしている友人の父が口を利いたところが、私が入学した大学だったそうだ。
「面接で、私がいたら合格だと思ってください」とある教員に言われ、友人が面接会場に入ると、

「合格です」

と言われて面接が終わったそうだ。
教員採用試験でも同じようなことがあった。内申点は良いが学力が心もとない友人は採用がなく、焦っていた。ゼミの担任が「筆記は免除してやるから二次面接だけ受けてこい」と優遇したにもかかわらず、余裕だとたかをくくった友人は二次面接で落ちてしまう。
最終的に担任は、自身の次の就職先である私立小学校に、その友人のために席を作った。結局そこまでしてもらったにもかかわらず、一年で退職したとのことだ。

周囲でこんなにも縁故採用があふれているのだから、努力なんて無駄だ。すなおにそう思う。
弟のコネ入社に、母は「要領がいいわ」と褒めており愕然とした。それがまかり通るのであれば、父が言った「祖父母の自営会社を継ぎたい」も「要領がいい」になるはずだろう。同じように言うと、話を逸らされた。
強くは言えまい。自分だって、祖父の力を借りてコネ入社をしてきたのだから。

そんな恵まれた弟は、18歳から31歳になるまで実家暮らしにもかかわらず1円たりともお金を入れず、家事をしたこともない。
就職で買ってもらった新車は、「ダサい」という理由で仕事用の車にし、休日用にローンを組んで外車を購入していた。ローンは、最終的に父が払っていた。
私と両親が不仲なので、せめて弟とは縁をつないでおこうと思い、10代の頃から誕生日プレゼントをあげたりコミュニケーションをはかっていたりしたが、弟からは一度もプレゼントは返ってこず、コミュニケーションもそっけなかった。
聞くと、「家族なんだから何したって許してくれるでしょ」というものだった。両親の教育の賜物である。
私は怒らなかった。こんな人間になったのは、こういう教育をしてきた両親のせいなのだから。

だから、私のことも恨まないでほしい。自身の結婚式に私が出席しない程度のことで自分の顔に泥が塗られたと思っているのだろうが、私は何十年もおまえの代わりに泥をすすって矢面に立ち散々差をつけられて育てられたのだから、面と向かって傷つけないだけやさしい姉だと誇ってくれ。
とっくの昔に、おまえとの血縁は切れている。気付くのがおそすぎただけだ。
その誰からも愛される才能は、姉だけには適用されなかったようだね。

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