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5曲目: 郷ひろみ「よろしく哀愁」と感情に挨拶することについて、など

曲名: よろしく哀愁
歌: 郷ひろみ
作詞: 安井かずみ
作曲: 筒美京平
編曲: 森岡賢一郎
初出盤の発売年: 1974年
収録CD: THE GREATEST HITS OF HIROMI GO [SRCL 3020] ディスク1
曲のキー: F#m(嬰へ短調)

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「よろしく哀愁」がヒット曲していた頃、特に上の世代のリスナーから「郷ひろみは歌がヘタだ」と評されていた記憶がある。
確かにデビュー曲から数枚は、そう言われても仕方ないところがあるかもしれない。

しかし、この10枚目のシングル(ドラマの主題歌だった)を現在の耳で聞き返すと、この曲をこれ以上うまく歌える人なんているのかな?とさえ思う。

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歌詞を書いたのは、安井かずみという人。
けれど、1974年当時は作詞家に興味などあろうはずもなく、筆者が彼女の名前を知った頃は、既に加藤和彦の奥さんであり、「昔は作詞家だったけど、近年はエッセイを書いている人」という感じだった。
どことなく謎めいている雰囲気があったように思うが、おそらく後付けの印象だろう。その時もやはり筆者の興味の対象外だったのだ。

もちろん80年代に入ってからも、竹内まりや「不思議なピーチパイ」や飯島真理「愛・おぼえていますか」(マクロスの主題歌)などの作詞を手掛けたりしている。
これらも彼女の仕事だったということを知ったのも、やはり随分と経ってからのことだ。

ZUZU(=安井かずみ)については、Wikipediaやら本やらでいくらでも調べられそうだし、友人に熱心な沢田研二ファンがいるので、少しくらいなら教えてもらえるだろうと思う。
でも、それほど調査熱心になれない。謎のままにしておきたいという気がするのである。ここまで腰が引けてしまうのはなぜなのか、自分でも分からない。

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CDに付いている歌詞カードを引っ張り出して読んでみた。
この歌の歌詞を無理やり要約すると、次のような感じだろうか。

主人公は「君」と会う機会が少ないことに不満を感じている。
「君」はちょっと嫉妬深くて、時々人前で泣くことがある。
だから、いっそ一緒に住めば、あれもこれもうまくいく、と主人公は考えている。

「同棲」、実に1973年らしいテーマだと思う。(この曲が出たのは翌年だが。)

言葉の使い方もユニークだ。
この歌には、歌謡曲史に残ると言っても過言ではない名フレーズが含まれている。

♪ 会えない時間が 愛育てるのさ

その一方で、ちょっと「ん?」と感じさせるフレーズや語句もある。たとえば、

♪ いちいち君が泣くと
♪ 人が見ているじゃない

などがそうだ。

「君」に対して「いちいち」と言うのは、主人公は少しイライラしているのだろうか。
彼女への苦言にしては、ちょっとアタリがキツイよなぁという感じだが、「いちいち」の意味が今と少し違っていた可能性はありえる。
しかし、それよりもっと気になるのは、1行目と2行目がうまくつながっていないように感じる点だ。

また、

♪ 友だちと恋人の境を決めた以上
♪ もう泣くのも平気
♪ よろしく哀愁

ここでは何を言ってるのだろう?

晴れて恋人として一緒に住むことになったら、もう「きみ」がいくら泣いても困らないよ、ということだろうか?
あるいは、たとえ自分が泣くことになっても構わない、ということなのか?
多義的なので解釈は聞き手にまかされるのだろうが、どちらであれ、この主人公は前述した「同棲すればすべてがうまくいく」とは限らない、若干悲観的な未来を語っているようにも読める。

そもそも「よろしく哀愁」というタイトルからして、キャッチコピーとしては秀逸でも、意味としては一筋縄ではいかないものを感じる。
このフレーズ自体は、長い年月にわたって人々の手垢にまみれたため、今では地口の一つ(例:「いやあ、どーもー。音形と申します~。どーぞよろしく哀愁」)になっていたりするけれど、当初はもっと微妙で多彩なニュアンスを持っていたはずだ。

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上に書いたのは、あくまであらためて歌詞を文字情報として読んだ時の自分の印象。

気になった点が意図されたものなのか、メロディにのせるため単にうまく仕上げられなかったものなのかは分からない。
けれど、この曲には、やはり筒美京平のメロディ、森岡賢一郎のアレンジ、スタジオ・ミュージシャンによる適切な伴奏、そして何より郷ひろみの歌が必要だ。これらの化学反応によって、歌詞に書かれた内容がうまくフォローされたり、時によっては書かれていない部分が仄めかされたりもする。

たとえば、ベース・ギターは曲の大半で「ドゥーン、ドゥーン、ドゥ」というフレーズ(「トゥンバオ」の一番基本になるフレーズ、で合ってますか? 「ドゥ」が短く切られているのがユニークだ。)を奏でている。元はラテンなどでよく使われるフレーズだと思われるが、マイナー・キーということもあって筆者にはまるで陽気に聞こえない。主人公の不安な気持ちに寄り添っているかのようだ。

ただ、下記の歌詞が歌われている時だけ、ベース・ラインが変化する。

♪ 会えない時間が 愛育てるのさ
♪ 目をつぶれば 君がいる

モータウン調? 何に似ているかはどうでもいいが、まるで「君」への主人公の思いをベースが強調、あるいは賛同するかのように聞こえる部分である。
この部分のベースを覚えていない方は、機会があった時にでもぜひ耳を傾けてほしい。筆者と違う感想を持たれるかもしれないが、それでも全然構わない。

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あるいは、この曲の歌詞はフレーズのコラージュだと考えることもできる。
先ほど指摘した、つながりの悪さ。あれも決して短所ではなく、歌として聞くことで、その継ぎ目から聞き手の感情や記憶やイマジネーションなどが入り込み、一つの世界を作り上げていくのだと思う。

この歌に限ったことではないが、歌詞だけ取り出して解釈しても揚げ足取りにしかならない場合が多い。
だから、このままでいいのだ。

歌詞とメロディのどちらが先なのか寡聞にして知らないが、歌詞だけで完結するのではなく、他の要素が入り込むスペースを考慮して作詞されたのであれば、やはり安井かずみという人はスゴイ人、つまりプロの作詞家だったのだな、と思う。

そして、冒頭で書いた「この曲をこれ以上うまく歌える人なんているのかな?」という疑問を抱いたのは、郷ひろみの声質と歌い方が持つ「哀愁」加減が絶妙なせいだろうと、今は感じている。

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