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京大連続講義(3)倫理学②「ダイヤモンド・プリンセス号と隔離の問題」児玉聡先生

京都大学のオンライン公開講義
テーマは、ウィズコロナ時代に必要な「人文学」

7/12(日)倫理学②児玉聡准教授「パンデミックの倫理学」
「ダイヤモンド・プリンセス号と隔離の問題」

【一言感想】「8倍速おじさんと呼ばれるように頑張ります」に笑う。全体の利益のために個人のリスクをいつまで我慢できるのか、政策決定の透明性が必要です。quarantineの適切な和訳が欲しい。

・個人にゾンビ化ウイルス抗体があっても、物理的な危害も与えるゾンビと戦闘させていいのか(バイオ) 
・呪いのビデオを他人に回すことは、倫理的にどうなのか(リング)

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個人の自由をなぜ制限していいの?

正当化根拠の候補は3つ
・ミルの他社危害原則
・パターナリズム(自己危害防止)
・全体の利益
隔離の定義
・isolation 感染確定者の隔離
・quarantine 感染が疑われるものの隔離、「停留」
・Quarantine Act 検疫法
・cordon sanitaire 一地域を封鎖する防疫線
・social/physical distancing 社会的(物理的)距離

※quarantineの日本語訳でいいのが見当たらないので考えてほしいです。ペストの時に40日間下船しないようにしていた。

そもそもなぜ下船したらいけないのか?

他社危害原則
「あなたが下船すると、あなたが他人に感染させることで危害を加える可能性が高いため、下船すべきではない」
→すでに感染が分かっている人の隔離(isolation)、感染が疑われる人の停留(quarantine)には、よい。
DP号では、感染者は病院に搬送された。
全体の利益
「あなたを含めた乗客の下船を認めると、船外での感染者と死者が増えるため、下船すべきではない」
→感染拡大という害悪を防ぎ、一人でも多くの命を助けることになる。
だが、まだ感染していない可能性が高い場合は、下船しないことで私は余計なリスクを引き受けることになる。
DP号の感染拡大の経緯
2月5日から 14日間のquarantine
欧米諸国はチャーター機による自国民の帰国
2月19日から 陰性で無症状の乗客から下船
2月20日 乗客の80代男女2名が死亡
2月22日 陰性が確認され下船した女性の感染確認
3月1日  乗客乗員の下船完了、最終的に感染者709名、死者7名
クルーズ船の下船制限
・他社危害原則と全体の利益によって正当化
・検疫法第一条「この法律は、国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止する…ことを目的とする」
・いわゆる「水際対策」。ウチとソト
・だが、船内にいる人にとっての「水際」とは?

※NHKの番組ではquarantineを「水際」という表現を使っていました。島国日本の感覚ですねぇ。

公衆衛生的介入の原則

他社危害、全体の利益等は公衆衛生政策の正当化根拠になるが、不利益を受ける者への配慮も必要

R. Upshur(2002)の公衆衛生的介入の原則
危害原則:ミルの原則と同じ
最小制約原則:権利・自由の制約を必要最小限に
互恵性原則:権利制約の補償をせよ
透明性原則:政策決定の情報公開・説明責任
(※カナダ人の原則を先に紹介します。)

J. Childressら(2002)の公衆衛生的介入の正当化5条件
有効性:介入が有効でなければ正当化されない
比例性:介入による公衆衛生上の利益が権利の制限の不利益を上回ること
必要性:権利の制限を伴う介入以外ではだめなのか
最小侵害:権利・自由の侵害を必要最小限に
公共的正当化:政策決定の情報公開・説明責任

船内停留から一国の外出制限へ

既知の危険を有する個人に対しては、隔離や停留指示を行うことは比較的容易である。しかし、我々は今、個人に対するいかなるリスク評価をすることもなく、大規模な停留措置(quarantine)が実施されているのを目の当たりにしている。
(Gostine et al.2020)

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一国の外出制限の場合

・他社危害を理由に正当化するのがより困難
→パターナリズム、全体の利益に訴える。
・ただ、長期にわたると一部の人は仕事ができないなどの自由の制限が大きい(⇔パターナリズム)
・最小制約原則、互恵性原則、透明性原則も考慮が必要
史上初めて我々は
テレビの前に寝そべって
何もしないことによって
人類を救うことができる
失敗しないようにしよう
#StayHomeNZ
人類を救うために
人々にどこまで犠牲を払うよう
強制してよいか
#立ち止まって考える

今日のまとめ

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怒涛の質問タイム

・何に説得力を感じるか、「あなたの利益」と言い続けられると疑い始めちゃう。
・全体の利益といわれると、船内と船外とで意見が分かれそう。
・DP号の日本人は乗客乗員の3分の1。「海外の人が日本人のために閉じ込められる」というのが問題の一つだった。そもそも日本が引き受ける必要があったのか、とか。
・全体最適は民主的だと思うか?全体主義、民主主義、功利主義。少数が犠牲になるのが本当に民主的と言えるのか?というのは常に議論になる。
・被制限者との信頼構築が必要。政策決定者がどういう風にコミュニケーションするのか。準備が必要!今回は準備ができていなかった。
・政府や公的機関の信頼性が低下しているときにどうするか?透明性の問題として考えることになる。
・他社危害原則で行動制限をするのはかなり無理がある。
・他国からの流入に対する制限との公平性について疑問。帰国時の対応は緩かった。DP号は受け入れたのに他の船は受け入れなかった。
・緊急時に備えて、事前に対策をしておく。そのために、この原則を考えるべきである。緊急時に考え始めるのは遅い。
・最小の侵害であるということをどう決められるのか。法律の専門家も加えて議論すること。透明性をもって決める。
・検疫法では、検疫が終わるまでは下船させないことができる。感染症法では拘束力が違ってくる。歴史的な問題もあって感染症が社会的な強制力がなくなってきた。
海外ではマスク着用ですら自由を侵害していると感じるらしい。
・生命と自由を天秤にかけるにはどこまで計算できるのか。死亡者は数えられるが。ダムをつくるときなど、理論的には計算していくことが進められている。外出制限の経済への影響があり、感染により失われる命だけが問題ではないと考えられる。
・自粛期間中にパチンコに行く人はどの原則を重視するのだろうか?協力しなかった人たちの理由については社会科学者が調査してほしい
・制約を与えるのは国家でよいのか。第三者機関が必要か。罰則を与えるのは国家になる。議論するのは別の機関でも。船であれば船長に権力がある。最終的には国家権力が政策を決定して実行するのが良いと考える。
・国家全体の制限を行う時の補償を行うのはどこなのか。誰が被害を被っているのか。将来世代への考慮。多国籍企業が他国の工場を停止するときには。
・感染症が国境を超えるなら検疫が厳しくても仕方がない。日本は海があるが他国ではそうではない。県境に関所を作ったらいいんじゃないかという話もあった。境界線という発想よりも国内なら国レベルで、日本ならアジア圏、国際レベルで議論するのが重要だと思う。国家レベルだけじゃなく学者同士でも。

では、また次回。
皆さんお元気で過ごしていただければと思います。
さようなら。
(完)

「児玉先生の『これも重要な問題で』っていう枕が好き」というコメントに大きくうなづく。うんうん!

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