排泄介助と家族の物語
Blogで親の排泄介助について書かれてあり、共感の気持ちと頑張り過ぎないでの気持ち、そしてご家族との連携と絆が書かれていて心を打ちました。
今日は排泄介助について考えてみます。
介護で大変なこと
介護の中で一番の難所は排泄の後始末やオムツ交換だと思うのですが、経験者の方はどんな風に思われますか?
アンケート結果にも排泄介助が大変だという結果が出ています。
子供のオムツ交換は抵抗ないが、親ともなるとかなり葛藤を生じると思います。私は仕事では毎日何十人の方の排泄のお世話をしてきましたが、親ともなると複雑な気持ちでした。
訪問看護をしている時もオムツの当て方やコツをお伝えしていました。何百人も在宅介護をされるご家族と接して感じたこと、やはり介護で大変なことはオムツ交換だと思います。
また、排泄の後始末やオムツ交換、排泄介助でご家族の関係性や負担を大きくしたくないなと思います。
親がしてくれたことに感謝する
初めて母のオムツ交換は母が入院した時でした。大腿骨頚部骨折の手術をした母は個室にいました。県外から駆けつけた私は、昼間のほとんどを病室で過ごしていました。
娘が看護師だと病院のスタッフにはバレているので、色々と頑張ってしまいます。
手術の為に尿の管が入っていたのですが、尿の管が外れ、尿器で排泄介助はしていましたが、母からおむつを替えてほしいと要望がありました。申し訳なさそうに私の顔を見ます。尿ではない方の交換です。
ここは人それぞれですが家族に交換してほしい人、他人には見られたくない人に分かれると思います。私の母は前者でした。
もちろん子供に交換してもらうのは嫌だったと思うのですが、他人より家族を選んだ母は手を合わせて「すみません」と頭を下げます。
ついにこの日が来たかと複雑な気持ちでした。
でも、赤ちゃんの時に母親は毎日毎日オムツを変える、保育園の頃はオネショをした布団を干してくれました。そして初潮の時は一緒にショーツを買いに行きました。
自然にありがとうと思える瞬間でした。
この感謝の気持ち、最初はあるかなと思うのですが、毎日ともなると介護するご家族も疲弊してきます。
尊厳と家族の葛藤
ご家族でお父様の排泄処理に奮闘される記事を見つけました。お父様の気持ちを考えながら、出来る限りの配慮をされ介護している様子にお父様を大切に思われているのが伝わります。
1人で介護をしていると排泄介助というものは放棄したくなるのかもしれませんが、ご家族と喧嘩になりながら最善の方法で頑張っておられるなと感心します。
私の母は施設にお世話になっていましたが、排泄はギリギリまで一人で頑張ろうとしていました。フラフラになりながらもトイレに行こうとするので転倒しました。一回ではなく何度でも。
そして心不全の状態だったので、歩くと息がゼーゼーします。頑固な母は職員さんに抱えられながらもトイレに行っていました。
「排泄は他人のお世話になりたくない」を、死期せまるギリギリまで守っていたのです。
コロナ渦のなか、相談員さんが対応の相談の電話をほぼ毎日のようにしてくださっていました。
母の気持ちを大切にしながら、尿の管を入れることやセンサーマットを利用すること、この二つを活用することのデメリットについても一緒に考えました。
母は自分に忠実に生きました。自分で自分の尊厳を守っていました。
排泄介護は介護をする側の疲労だけでなく、介護をされる側への負担も生じています。
介護状態にある親はそんなことは口にしないかもしれませんが、
双方が「お互いが尊厳を守り、頑張っていることを理解しておく」ことが大切です。
完璧を求めない
介護はいつまで続くか分かりません。
特に排泄介助は毎日繰り返すと色んな感情が湧いてきます。周囲は汚れるし洗濯物は増えるし、匂いも気になるし介護しているご家族も疲弊してきます。
毎日介護を頑張ってしまうといつか力が尽きてしまいます。手を抜くところは抜いていいのです。
訪問看護や訪問介護の人が来る日なら、早朝のオムツ交換を飛ばしてもいいじゃないですか!!
デイサービスに行く日なら入浴時に綺麗にしてもらったらいいじゃないですか!!
完璧ではなくお互いの負担が大きくならないような選択をして頂きたいと思っています。
3月の親の看取り意見交換会のお知らせです。
親の介護経験者、看取り経験者が集まって意見交換会をしています。自分の経験や工夫が誰かの介護の参考になれば、そんな思いで開催しています。