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先行きの見える緊張感

「お笑いは緊張と緩和である」

今となってはよく聞くこの言葉ですが、僕は生まれて初めてそれを肌で感じることになりました。そして、その言葉の意味の片鱗を知ることができました。


先日、人生で初めてなんばグランド花月(NGK)を見にいってきました。関西に住んでる人からすれば、NGKは親近感ある場所なのかしませんが、僕のように関東出身の人からすると、NGKに関してはTVに出ている芸人さんが「NGKで出番があった」みたいなことを聞くだけで、お笑いや漫才(お笑いは漫才じゃないんかといツッコミは置いといて)をやっているということ以外に何も知らない謎の多い場所でした。


そんな何も知らない状態でNGKに突入した僕は、そこで初めてNGKは漫才以外に落語や新喜劇が行われることを知りました。出演予定のお笑い芸人や漫才師の方が誰なのかも確認しないまま、プラーっと会場の中の中に入って行き、若手の漫才師の漫才から大御所の落語家の落語、新喜劇を一通り見ました。


その中で、僕は2つのコンビ、落語家から衝撃を受けました。そのコンビが海原やすよ・ともこさん、落語家が桂文珍(ぶんちん)師匠でした。そこで感じた「先行きの見える緊張感」が、エンタテーメントをやっている身からするとすごく学び発見でした。


海原やすよ・ともこ


まず、僕が「すげー」と思った海原やすよ・ともこさん。若手の漫才から始まって5番目くらいに出てきたのですが、登場の時のスクリーンには上方漫才を2度も優勝していることが書かれており(関東人にはすごさが全然わかんない)、言わずと知れた実力派コンビだということだけがわかりました。


最初の方は「このおばさんたち全然知らんしなー」と思っていたのですが、漫才が進んでいくうちにどんどん引きつけられていくことを強く感じました。


彼女たちのスタイルはまさしく「THE・大阪」という感じで、大阪の何気ない日常や東京との違いを面白おかしく表現するスタイルでした。東京はお洒落・上品で、大阪は泥臭くて・どこか下品な一面があるという日本人の共通認識をくすぐるような漫才でした。


「東京と大阪の違い何か知ってるか?」

「なんや」

「声のデカさだけや」

会場ドーン


街中で人を呼ぶ大阪のおばちゃんの気迫溢れる呼び声、子供にツッコミを教えるお母さん、なにわの心を隠しきれない女子大学生などなど…どこか見たことあるようなシチュエーションと登場人物なので、初めて見た漫才にも関わらず、すごく親近感を感じて惹きつけられる感じを強く受けました。


桂文珍師匠


そして、新喜劇の前に出てきたのが落語会の大御所・桂文珍師匠(大御所とか紹介しながら実はNGKで初めて知りました、すみません)。文珍師匠の落語は「世の中面白いことばかりですねー」といスタイルで、日々の暮らしの中で起きたような些細な小話を面白おかしい「間」と「ひねり」で表現しています。


「ある日、ラジオでこんなこと放送が流れてきました。」

“高速道路に一台、逆走している車がいるのでご注意ください”

「なんや、そんな物騒なことがおこるもんなんやな」

「あれっ、周りがみんな逆走しとるがな」


文珍師匠の落語の中で僕が一番衝撃を受けたのは、共感を生み出す間とオチの後の一言です。文珍師匠は上のオチの後も、

「こんなかで3割の人は“何が面白いねん”と思ってると思いますが、その人は後で隣の人に聞いてください」

と、「わかりづらいオチだったよね」とお客さんと共感する時間を作っています。文珍師匠の落語は常にあるあると共感できるようなものばかりで、あたかも仲のいい友達と休憩時間に話しているような安心感がありました。


緊張の種類


今回紹介した海原やすよ・ともこさんと桂文珍師匠。この2つのコンビ・落語家の共通点は、まさしく日常のワンシーンをお笑いに変えているということ。そして、実にうまく緩和(笑い)のために必要な緊張を自然な形で盛り込んでいることだと思いました。


どういうことかというと、上で言っている「緊張」もただただ緊張させればいいわけではなくて、お客さんがどこかそわそわしてしまうようなほどよい緊張感が大事なわけで、海原やすよ・ともこさんの前に出ていた若手の漫才コンビを見ていると、その緊張のさせ具合がよくないことを後々すごく感じました。


若手の漫才コンビの場合は、振りでアパレル定員さんとお客さんのシチュエーションを作るのですが、そのボケがどこか自然ではなく、お客さんもそんな店員さん見たことないので、この後どうなるのか分からないという「先行きの見えない緊張感」を与えるという結果になっていました。


一方で、海原やすよ・ともこさんや桂文珍師匠の場合は、そこらへんにいる大阪のおばちゃんや車に乗るボケたおじいちゃんなど、どこか既視感の登場人物が日常的なことをしているので、 この後普通ならこうなるなという「先行きの見える緊張感」をデザインしていました。


緊張に「先が見えるかどうか」。大変些細なことですが、実はこの先が見えるという安心感がお客さんの没入感を生み、結果的にオチの時の緩和がより大きくなるんだと思います。ただただ緊張させるのではなくて、緊張の中に没入できる程度の安心感を織り交ぜながらお客さんを懐まで引きつけてオトす。これがプロの技なんだなと思いました。


先が見える振りと唐突に現れる落とし穴。海原やすよ・ともこさんのように盛大に引っかかったことがわかる落とし穴でもいいですし、桂文珍師匠のように引っかかったことが一瞬分からないような落とし穴でもいいのですが、それまでのプロセスはどちらも「先行きの見える緊張感」をデザインしていました。


人を惹きつけるエンターテイメントには、この「先行きの見える緊張感」を与える振りとそれをひっくり返すオチがキモになってくるんだなと学びました。言葉と身体だけでこんなに笑いを作り出すことができるのかと衝撃を受けました。是非みなさんもなんばグランド花月に足を運んで見てください。


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My Memo
1997年の日本生まれ。