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杪夏、薫香と
こんなにも秋の存在が近く感じるのは、鈴虫の声のせいか、纏わりついた熱を払うような風のせいか
それとも、何かが終わってしまいそうな焦燥に包まれていくからなのか
毎日のように聴いていた子供の声もこの時間じゃ少なくなって、僕の目を覚ましてくれるのはまたゴミ回収のメロディに逆戻り
大学までの道を歩く時、ついこの間までは生い茂っていた夏草もどこか元気の無い顔触れだったな
あるいは打ち上げが終わって、朝に家に帰るころ、自分と逆方向の満員電車の中で汗をかいた女子高校生や、麦色に肌を染めた男子高校生、相も変わらず携帯に手を張りつけられたようなサラリーマン、そのどれもが、心做しか前よりも背の高い空と溶け込むように、忙しなく夏の残り火を消したそうで、僕もまたその一体に加担して、未だ知らぬ顔をしている太陽を睨んでみたあの日は、えも言われぬ焦燥を加速させる要因だったりして
そういえば、で始まる話をいつも君は、"その話前も聞いたよ"って笑ってたけど、それが本当なのか、僕も覚えてないものだから、きっといつも真相はわからなくて
それでも"ウンウン"って頷いてる君を、この上なく愛おしく思ったりした
それもきっと、この夏が終わる頃には真相はわからなくなってしまうのかな
ただ愛していた、だけを繰り返せるのなら、この大嫌いな夏がもう一度回ってきても良いな
ただ愛していられる、だけを、秋になっても続けられないのは、脳みそが熱で麻痺してしまってるからなのかな
そんなことを考えて歩くことが増えた、
きっと何年前の夏も、それが終わる頃に思い出す
指でなぞるような少しくすぐったいような、そんな記憶がとめどなく溢れて止まらなくなる
匂いや空気の感触は、その記憶を思い起こすのに十分すぎるんだろうな
肺に入った少し緩やかな空気だとか、嗅覚をくすぶるどこかの家の晩御飯の匂いとか、まだ生涯を終えきれないセミの声とか、あんなにうるさかった毎日が、少しずつ静寂を帯びて、なだらかな坂を下っていく
いつか終わることがわかっていても、いざ目の前からあったものが無くなれば、どうしたって過去に縋りたくなるんだ
世の中の平静と心の中のざわめきが喧嘩し出すこの杪夏
忘れたくないことを忘れない為に
忘れたいことも大切にできるように
それらを思い起こす全てが、美しく見えてしまうこの一瞬が、憎くて、優しくて、どうしようもなくなるから、拙く書き出してみる
僕はまたその緩やかな平静の中、溶けだしていくその匂いに酔っぱらって眠る