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富野由悠季監督はなぜフリーランス?
前回「映画監督と書籍編集者の共通点」という記事を公開した際に、知人から受けた質問の一つに、「ところで岩井さんはどこの出版社にお勤めですか?」というものがありました。
僕は「フリーランスです」と回答したところ、彼の常識では「本を作る仕事の人はサラリーマンであって、フリーランスなのは違和感がある」との回答。さらに「どこかの出版社へ、就職はしないんですか?」との、追加質問を受けました。
書籍の編集は予算規模が小さいため、一つひとつの書籍が大きく取り上げられることはありません。例えば『ガンダム』の書籍を作ったとしても、関係者以外から見れば「ガンダムの」本という認識であり、企画や編集をした人などが存在すること自体、意識されることはないです。
そこで今回も、書籍編集者の業務内容をアニメの映画監督に例えて、この件を説明したいと思います。
富野由悠季監督と僕との共通点
アニメ監督と言えば、真っ先に挙げられるのはスタジオジブリの宮崎駿監督でしょう。彼は、「スタジオジブリ」という制作会社(チーム)に所属し、会社として作品制作を受注しています。
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二人目は『新世紀エヴァンゲリオン』や『ふしぎの海のナディア』『トップをねらえ!』等で知られる、カラーの庵野秀明監督。彼も、自分の制作会社を作り、会社として作品制作を受注しています。
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しかし『機動戦士ガンダム』で有名な富野由悠季監督はフリーランスなので、サンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)から依頼を受けて監督業務を果たします。監督の仕事内容については、前回の記事「「映画監督」と「書籍編集者」の共通点」をご参照下さい。
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アニメーション作品の制作フロー
アニメの制作フローを簡単にまとめると、以下のようになります。
企画/シナリオ/設定・デザイン
絵コンテ/レイアウト ←監督の仕事
原画 ←作画監督等
動画(中割) ←アニメーター
仕上げ(着色)
美術(背景) ←(株)草薙さんなどの仕事
撮影・編集
アフレコ ←声優&音響監督の仕事
ダビング
このうち、監督が担当するのは「絵コンテ」です(富野さんは原作にも関与するケースが多いですが、ここでは敢えて無視します)。富野由悠季監督はサンライズから絵コンテの制作を受注。作成した絵コンテをサンライズが依頼している原画や動画担当者へ渡し、原画や動画などの制作を依頼&クオリティチェック。それ以降も、仕上げや美術、撮影などのチェックも行うという感じです。
という話を聞くと、会社員としてお仕事をされている方にしてみれば、違和感があるんじゃないでしょうか? サンライズは制作進行管理業務以外の社員を雇用せず、制作のリーダーたる監督すらも外部スタッフの富野由悠季さんへ依頼しているのです。
スタジオジブリやカラー、ufotableなどの制作会社では監督も社員の一人ですが、サンライズは、監督を正社員雇用してしまうと人件費が会社経営を圧迫してしまうという理由から、監督も作品ごとに外部のスタッフへ依頼しているんです。
<サンライズ作品の監督例と、それぞれの代表作>
村瀬修功 『閃光のハサウェイ』『虐殺器官』『GUNDAM EVOLVE../7』
福田己津央 『ガンダムSEED』『サイバーフォーミュラ』
水島精二 『ガンダム00』『鋼の錬金術師』『シャーマンキング』
安彦良和 『ククルス・ドアンの島』『THE ORIGIN』
富野由悠季 『ガンダム』『エルガイム』『ダンバイン』『イデオン』
吉沢俊一 『ガンダムNT』『魔神創造伝ワタル』(アクション演出のみ)
谷口悟朗 『コードギアス 復活のルルーシュ』『ONE PIECE FILM RED』
河村智之 『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』
藤田陽一 『銀魂』『おそ松さん』『クラシカロイド』『貧乏神が!』
書籍制作では、編集者(プロデューサー)だけが出版社の社員
一方、書籍の制作では1つの作品を制作するのに1~数名しか関わらず、出版社に所属する社員は編集者(プロデューサー)だけ。それ以外の編集者(ディレクター)やライター、イラストレーターやカメラマン、デザイナーや校閲なども外部スタッフへ依頼します。
僕の仕事はこの、編集者(ディレクター)に相当するため、フリーランスで出版社から制作の依頼を受けているというわけです。
お仕事を定期的に受注できるようになれば、宮崎駿監督がスタジオジブリを。庵野秀明監督がカラーを作ったように、書籍編集でも複数名のスタッフを集めて会社組織を作り、編集プロダクションを作る人もいます。スクウェア・エニックスから発売している書籍『アルティマニア』シリーズを制作している、スタジオベントスタッフさんをご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
なぜ会社員に戻らないのか?
僕が知人から聞かれた「なぜ会社員に戻らないの?」という質問に対する回答も、ここでしておきます。
出版社の会社員であれば、毎月の固定給が支払われるために生活が安定します。しかし、あくまで雇用されている立場なので、編集者(プロデューサー)の仕事に徹しろという指示をされたり、編集者(ディレクター)を担当する書籍だとしても、僕が気乗りしない書籍を作れという指示を拒否できません。
僕が会社を早期退職する直前に作っていた書籍を数冊、挙げておきます。
お仕事なので全力は尽くしますし、一定以上のクオリティの本を作る自信はあります。しかし、自分がその分野好きで、作りたくて、「同じ本を作らせたら、他の編集者より全然いい本を作れる」というジャンルの本を任せて頂いた方が、いい書籍になるのは明白です。
そんな僕がいま、作っているのはこの本です。ええ、自信作ですとも。もう、出版社の社員になって、編集者(プロデューサー)に戻るつもりはありません。