任天堂による『パルワールド』訴訟についての私見
2024年9月19日、任天堂と株式会社ポケモンがパルワールドの開発元であるポケットペアを特許権侵害で訴えました。
その後、2024年11月8日になって、ポケットペアは特許権侵害訴訟に関する現状を報告しており、どの特許を侵害したと任天堂が主張しているのかなどが明かされています。
これに対してネット上では、「任天堂がパルワールドに嫉妬して金を請求した、訴訟ゴロ」みたいな意見が目につきました。特に海外ユーザーの間で、この傾向が強いように感じます。
もちろん、最終的な決断は裁判所が下すものであり、法律の素人である僕があれこれと想像しても何の意味もありません。でも、僕からの見え方はこうです、ということをお伝えしたく、noteを書きました。
これまでのゲーム業界と特許
任天堂に限らず、これまでのゲーム業界における「特許」の取得は、主に他社から特許侵害で訴えられないための、ディフェンシブな思惑で取られていたものが多かった印象です。
まずは、任天堂による過去の裁判例を見てみましょう。
過去の任天堂裁判
1982年 ドンキーコング裁判
2000年 ユリ・ゲラー裁判
2001年 ティアリングサーガ裁判
2008年 ニンテンドーDS用マジコン裁判
2011年 3DS裸眼立体視特許裁判
2017年 「マリカー」裁判
2017年 コロプラ裁判
2019年 海賊版配布サイト「RomUniverse」裁判
「ドンキーコング」「ユリ・ゲラー」「3DS裸眼立体視特許」は相手から訴えられたものなので、任天堂側から訴えたものだけに的を絞りましょう。
「ティアリングサーガ」は、『FE』スタッフが独立後に作った『FE』似のPlayStation用ゲームが「あたかもFEの続編のように見える」と、広告手法を訴えたもの。
「ニンテンドーDS用マジコン」は、ゲームソフトの違法コピーを助長するものなので、ソフト売上が下がるという訴え。海賊版配布サイトも似た理由です。
「マリカー」は、任天堂と無関係の企業が『マリオカート』のネームバリューを利用してレンタルカート事業を行い、さらには任天堂キャラのコスプレ衣装を貸し出していた事業にストップを掛けたもの。
「コロプラ」裁判は、任天堂が保有していた特許を、あたかも自社が保有している特許のように見せかけ、他社へライセンス販売していたことに対する訴え。
このように、任天堂は過去に、ソフトメーカーに対して「マネするな」的な訴訟を起こしたことはゼロです。では、なぜ今回は『パルワールド』を訴えたのかを推察してみましょう。
トリガーとなったのはIP管理会社設立
去る2024年7月10日、ポケットペアとSME、アニプレックスの3社によるジョイントベンチャー「パルワールドエンタテインメント」の設立が発表されました。
この会社では、ぬいぐるみなどのグッズ制作・販売から始めるという発表でしたが、SMEが絡むことでサントラCDも出せますし、アニプレックスが絡むということはアニメ映像化やスマホゲーム化が視野に入ります。
ぬいぐるみなどのグッズ展開が成功すれば、将来的には「ポケモンセンター」のような専門店の展開も想定されていたかもしれません。
この発表がトリガーとなり、任天堂が訴訟を決意したことは、まず間違いないでしょう。
この件をロボットゲームに例えてみましょう
「パルワールドに登場するモンスター(パル)のデザインがポケモンに似ていて、何が悪い! ドラクエだって、他のゲームだって似てるキャラがいるだろ。パルワールドがヒットして悔しいだけだろ」
そんな主張をするユーザーさんも多かったので、冷静になってもらうため、今回の話題をロボットゲームに置き換えてご説明しましょう。
例に使うのは、ガンダムと『アーマード・コア6』。
『ガンダム』は、言わずと知れたロボットアニメの人気シリーズ。ガンダムの特徴的(V字アンテナとか、双眼カメラとか、トリコロールカラーとか)デザインや、敵メカ(ザクの一つ目とか)のロボットデザイン的な特徴は以降のシリーズにも受け継がれ、「ガンダム顔」「モノアイ」みたいなキーワードすら普及しているほど。
過去にヒットしたロボットアニメは『マクロス』を筆頭に数多くありながら、『ガンダム』以降、45年間に生み出されてきた各作品の差別化は主に「ロボットデザインの差別化」を強く意識してデザインされてきたという歴史があります。
一方で、さまざまなロボットもの作品のファンに向けて作られたゲーム『アーマード・コア』シリーズがあります。こちらも、デザイン面ではガンダムの特徴的なデザインを避けるような顔や胴体、腕や脚、武器といったデザインを用意しつつ、プレイヤーが自由に各パーツを組み合わせたり、着彩したり、エンブレムをエディットしてデコレーションできる遊びが用意されています。
当然、『ガンダム』はファン層が多いので、ゲーム内で用意されたパーツを組み合わせて「ガンダムっぽいもの」を作り出そうとする人は少なくありません。
でも、もし。
ゲーム内で用意された顔や武器などのデザインが、ガンダム作品に登場する象徴的なデザインに酷似していたとしたら、どうなるでしょう? ゲーム画面を見ると、まるで『ガンダム』作品のゲームのように見えたとしたら?
そして、ゲーム画面を見ただけでも悶々とするのに、ライバル会社…バンダイナムコのライバルならタカラトミーでしょうか。そこが「うちがプラモ化します。アニメ化もします」と言い出したら…?
そりゃあバンダイナムコはゲームメーカーや、プラモデルメーカーに対して大激怒するでしょう。
これまで、バンダイナムコが45年に渡って大切に、人気が継続するようにマーケティングしてきた『ガンダム』のIPの人気を利用して、その市場向けの商売をしようとしている会社があるのですから。
判断が難しい、著作権の問題
しかし、前述した『ガンダム』似のロボットが登場するゲームがあったとして、それを著作権侵害や意匠登録を根拠に訴えても、勝利できる確率は著しく低いのです。著作権では「似てる」レベルでは著作権侵害と判断はされず、トレースでもしない限りは「類似性」を立証できないためです。
でも、だからと言って、ガンダム似のロボットを登場させたライバル企業のロボットデザインを黙認するわけにはいきません。著作権侵害以外の手段…たとえばゲーム制作時に取得した特許等を使って訴訟を起こし、「当社は非常に怒っている」アピールをすることになるでしょう。
訴訟の目的は「お前ら、いい加減にしろよ」という意思表示です。このため、訴えることで世間に対して「あの企業はバンダイナムコに訴えられた会社」というイメージを植え付けると同時に、「アニメ化やプラモデルを発売した日には、徹底的に闘うからな」という姿勢を見せたに過ぎません。
裁判における支払金は、その商品を出されたことによって失った売上を相手に支払ってもらうという考え方です。まだアニメ化もプラモデルも発売していない段階では、それほど多額の賠償金を請求できません。ですが、訴訟を起こした段階で意思表示ができているので、それ以上を望むことはないでしょう。
『パルワールド』裁判の行方を予想
ここからは例え話をやめて、『パルワールド』と任天堂の話へ戻します。
私の予想では、『パルワールド』メーカーのポケットペアは、最終的に任天堂と和解して、少額の賠償金を支払って終了、という結末を迎えると思っています。もちろん、SMEやアニプレックスが設立した新会社は、事実上の休止をせざるを得ないでしょう。
ポケットペアは『パルワールド』の大ヒットで多額の利益を得たでしょうけれども、今後はその資金を使って、(せめてキャラクターだけは)オリジナリティのあるゲームを作って頂きたいというのが僕の願いです。