『逆転裁判2』「逆転サーカス」とジョン・ディクスン・カーの作品との類似性について

 友人が「誰かnoteに書いてください」と言っていたため、たぶんきっと私の出番ではないんだろうなと思いつつ、しかし叩き台となるものはやはり存在した方がよかろうと判断し、こうして筆を執ることにした。こんなものを書く暇があったらもっと別のものを書くべきである。

 さて、『逆転裁判2』の「逆転サーカス」はジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)を彷彿とさせる話なので好きだ、とかつて述べたのは私である。『逆転裁判』シリーズは知ってるけど、そんな作家なんて聞いたことない、という方は、名前だけでも、今この瞬間に憶えて頂きたい。アガサ・クリスティやエラリー・クイーンと並んで黄金期の三大作家と言われ、江戸川乱歩や横溝正史にめちゃくちゃ推されたにもかかわらず、知名度がいまいちなおじさんである。今からそんなおじさんの作品の魅力を「逆転サーカス」になぞらえつつ説明するので聞いて頂きたい。

 カー作品の要素として一般的に言われているもの。いま、手元に資料が無いので申し訳ないが、確か①怪奇趣味、②不可能犯罪、③ファルス、④ラブロマンスあたりであったろうと思う。これらの要素は、強弱こそあれ、カーの作品ならばだいたい備えているはずである。

 ①怪奇趣味②不可能犯罪は、時として複合的に演出されるものである。要するに、常識では考えられない超常現象が起きて、常人では犯行が不可能に見える状況下で人が死んだり襲われたりするのである。中心となるのは、ン百年も前に遡る呪いであったり、神秘的な力を持つ謎の人物であったりする。カー作品の事件は、だいたい「いったいどうなってんねん」からスタートすることが多い。

 ③ファルス④ラブロマンスについては、これもカー作品では複合的に演出されることが間々ある。これらの要素が用いられる状況としてだいたい共通することは、事件の当事者である人物達の周辺で巻き起こる、ということである。④について言えば、だいたい女性は事件に巻き込まれて大変な目に遭っている。男性も時として中心にいる。そして、女性を救わねば、となる。大変な目に遭っている女性を救わねば、というテーマはカー作品ならだいたい見受けられる展開だが、おそらくカーが子供の頃から騎士道物語が好きだったためだと思われる。そうして奮闘しているうちに、③の要素が得てして顔を出し、ドタバタ劇になるようなことが多い。

 こうした展開を支える要素として、さらに存在しているのが、私が思うに、⑤暗い背景である。そもそも殺人事件の只中にいるだけで一大事である。その上、女性にも死の影が迫ったり、犯人の濡れ衣を着せられかけたり、事件のせいで彼女のお家がえらいことになっていたり、正直言って笑っている場合ではない。にもかかわらず、そんな困難なんてぶっとばせ、強く生きろ、と言わんばかりの笑いとロマンスが彼と彼女を待ち受けているのである。カー作品の場合、そのような強い生き方をアシストしてくれる役割として人生経験豊富なジジイ=探偵が存在する、という構造になっている。

 私がカー作品の中でたまらなく好きなのが、『魔女が笑う夜』(カーター・ディクスン名義、1950年)である。大戦直後という暗い背景。村を暗躍して若い未亡人を苦しめる謎の「後家」。遂には密室状態の未亡人の部屋に姿を現し、彼女に襲いかかろうとした直後に忽然と姿を消す。そして遂に人が死ぬ。さらに、犯人として糾弾されかかる、無実の少女。こうした重々しい空気をすべて吹き飛ばすために登場するのが、冒頭からキャリートランクを坂の上から暴走させてみんなに迷惑をかけるジジイ=探偵なのである。加えて言うと、解いてみれば極めて滑稽なトリックも、事件の背景と合わせると非常に味わい深い。

 要約すると、「いったいどうなってんねん」と思うしかない、解決の糸口が見出せない重苦しい状況を、力強くはね飛ばしていき、困難に陥った人物を救い出す、という物語の構造が、私が好きなカー作品の要素であり、魅力なのである。

 では、『逆転裁判2』の「逆転サーカス」ではどうか。

 すなわち、現場は完全な雪の密室であり、犯人はなんと超魔術で逃走するのを目撃されている。完全に「いったいどうなってんねん」であり、①怪奇趣味と②不可能犯罪の複合技である。

 また、事件の根底にはとんでもなく暗く重い背景が潜んでおり、その中心にはある女性がいる。事件は、その女性に向かって集約していくのである。物語の中終盤で明らかになる「笑うライオン」という怪奇現象には震えた。これがまさしく事件の暗さを示唆するものだからである。

 以上のことから、『逆転裁判2』の「逆転サーカス」は、その物語の構造が、私がカーの作品内から見出して惚れ込んでいる構造ときわめて類似している、と言える。

 「逆転サーカス」がカーの作品と異なるのは、探偵役が人生経験に乏しい若き弁護士である点である。これにより、探偵役は懸命に事件解決に向けて苦闘することになる。しかしそんな物語に登場するのは、個性的な協力者やライバル、そしてどこかとぼけた当事者達である。彼らが笑いを引き起こすことになるのだが、これは事件すべてをはね飛ばすまでには到らない。むしろ、事件の重さを逆に引き立てる効果を持ったものになっている。ここがカー作品との違いであり、本作品の魅力であるとも言えよう。

 なお、カーの作品においてこのような構造を持った上で優れている作品は、個人的には中期(1930年代末~1940年代)以降のものが多いと思う。残念ながら『魔女が笑う夜』は絶版となっているが、近年定期的に新訳が創元推理文庫から出ているので、そろそろ『魔女が笑う夜』の新訳版も出て良い頃である。カーはいいぞ

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