
【連載小説】ワイバーンの影を追え ④(最終話)

魔族の巣食う荒地の前に壁のように連なる山脈に向け、カイランたちは旅の準備をした。まさに旅立とうと足を踏み出した時、空間が裂け、髪を輝かせた少女と一匹の猫が現れた。新手かと、エリス、リリム、グリムはそれぞれ武器に手をかけた。「待って! 話を聞いて!」少女は言った。「敵意は感じない。話を聞こう」カイランが皆を制した。
「私は様々な世界の時間軸を調律するタイムレギュレーター。カイランさん、あなたはこの旅の途中で、命を落とすことになるわ。今すぐ旅を中止するのよ」
「覚悟はできている。惜しくはない」
「あなたの覚悟などという単純な問題ではないのよ。あなたが命を落とすことで、その鞘におさまっている大魔導師の力が制御不能になり、世界の全ての人が例外なく争いに巻き込まれるか、あるいは逆に魔導師の力が失われ、人間対魔族の消耗戦となり、いずれにしても多くの犠牲とともに未来が失われることになるわ」
「そうならねぇためにワイバーンを倒しにいくんじゃねえか!! このグリム様が命に変えてもカイランを守り抜いてやらぁ!」グリムが斧を振りかざし息巻いた。
「よく聞いて。はるか昔、強大な力を持ったワイバーンを唯一倒せる存在として、その大魔導師が生まれたの。でもワイバーンを倒したことで大魔導師が脅威となり、壊滅状態だった平和な世界とのパワーバランスをはかるために、魔導師は自ら長い眠りに入ったわ。今、ワイバーンが復活し、それに呼応して魔導士も目覚めさせられた。でも魔導師がワイバーンを倒しても同じ歴史が繰り返されるだけ。だからその魔導師は偶然に枷として繋がれたカイランさんを、自分と同等の存在となるよう試練を与えることにしたの」
「カイランに試練をだって!?」
「不安定な世界の均衡をはかり、魔導師が人間たちに対する脅威として存在し続けるために、魔族に対する脅威としてのカイランさんを作り出そうとしたのよ」
「!!」
「でも始まりの段階でイレギュラーが起きたわ。魔導師の力を制御できないと知った人間たちは、カイランさんの方を制御することにしたのよ。視力と機動力を失った彼はもう、文字通り魔導師の枷でしかないわ」
「だったらどうしろってんだ! このままではワイバーン打倒も叶わず、かといって魔導師の力を持って城へと逃げ帰ろうもんなら、俺たち皆無事ではいられねえ!」グリムが捲し立てる。
「可能性があるとすれば、あなたたちがここに防衛拠点を築き、人間、魔族双方から中立的な立場で、抑止力となることよ」
「見てわかんねえか? 俺たちが一体何人に見えるんだ?」
「もちろん勢力と呼べるものではないわ。でも、その魔導師の魔力の源は、自然界のエレメンタル。彼女の魔力でエレメンタルを集め、人間と魔族に匹敵する力とするのよ。あなたたちはそれぞれ別の種族だけれど、それを活かすことができれば、より多くのエレメンタルを集めることができると思うわ」
リリスがカイランを悟す。「そうね。私たちがワイバーンを倒すより、現実的かもしれないわ」
「そうだな。世界の崩壊を回避する一番平和的な策かもしれないな。ただひとつだけ…。タイムレギュレーターという、君の世界へ行くことはできないか?」
「カイランさん…。そうね、あなたはいずれ、私たちのところへ来ることになるかもしれないわね。でも、今じゃないわ。魔導師と対をなす存在になり得なかったあなたは、その身体では如何なる世界でも危険に晒されることになる、あらゆる存在が共生できる世界を構築出来ない限りわね。一方で、あらゆる存在の共生が本当に望ましい未来かについては、極めてゆっくりと慎重に考えていくべきこと。でもあなただけに関して言うと、あなたが人間、魔族双方に中立的な創造ができるのであれば、それに呼応して如何なるものも傷つけない中立の破壊者が現れるかもしれない。その存在を探して」
「そうか…中立の破壊者…ありがとう、君には礼を言わねばならないな。君の忠告に従い、私は自分の使命について意味を問い続けることになるだろう」
「ふふっ、深刻にならないで。世界はあなたが考えるよりももっと無意味なもの、そこによく目を凝らすの。でも気をつけて。中立の破壊者とは、破壊力を持たない者のことではないわ。破壊の力についてよく知り制御できる者のことよ。じゃ、私はこれで。次の仕事があるの。またいずれ会いましょう」
そう言い残して、少女はまた空間の裂け目へと帰っていった。カイランたちはそれぞれの使命を帯び、新たなる始まりへと踏み出すのだった。
(ワイバーンの影を追え 第一部 完)
いいなと思ったら応援しよう!
